運命は硝子の道の先に
「う、そ……?」
「ああ」
「嘘って、どういう、」
瞳を曇らせるヒロ。その表情に何か嫌な予感がした。
『お前の前で見せた笑顔も態度も言葉も、全部店用の作り物。つまり嘘ってこと』
いつだったか、ヒロはそう言っていた。まさか、まだ隠していることがあるというのか。
ヒロはなかなか続きの言葉を発しない。焦れた私はヒロの靴先をじっと見た。
プレーントゥシューズは店用だと、この前の土曜に知った。雨や砂で靴を汚さないよう、勤務中のみ履いているらしい。あの日は履き替えるのを忘れていたのだ。
それがアキの誤解を招いたのだ。
……いや、全ての元凶は私か。
ヒロは躊躇いがちに、ぽつりぽつりと真実を語った。
それは考えもしなかった、桃色の嘘────
「俺たちの間には、そもそも何もなかったんだ」
「……それって、つまり」
「バーで初めて会った夜、俺と関係をもったと思ってるだろ」
「う、うん」
「確かにあの夜、お前を俺の部屋まで運んだ。酷く酔ってたからな、自力で帰れそうにもなかったし、店に置いておくよりは休めるだろうと思っての行動だった。でも、お前は予想以上に飲んでいた。……ったく、何杯飲んだんだか」
「すみません……」
「まあ、いい。とにかく部屋に着いた後、そのまま水分を取らせてから寝かしつけようとしたんだが、運んだときに少し揺すぶったのが悪かったらしい。お前は俺の背中でリバース、全部吐いちまったんだよ」
「……そ、そんな」
吐いた? しかも背中に?
ああ、だから。
目を覚ましたとき、私はヒロの服を着せられ、ヒロはシャワーを浴びていたのか。
……なんてベタな展開。
だが、よく考えれば分かったことではないか。
あの日のヒロのシフトはあの土曜と同じ、明け方までだったはず。それでなくとも仕事中に抜け出し、そういう行為に及ぶということは考えにくい。
それにヒロは、嘘は吐いても非道な人ではない。
これまでの行動を鑑みても、私と関係をもったとは思えない。
私はそんな人の、おそらくおんぶをして飲み潰れた私を運んでくれた人の背中に吐いてしまった訳だ。
何という失態……。
「どうしてそんな嘘、」
「嘘は吐いてない。お前が勝手に勘違いしただけだ」
「でも、嘘を吐いたって」
「俺が隠していたのは、別のことだ」