運命は硝子の道の先に
「それは、」
「それは?」
「それは……」
バーの前を若い男性が通りかかる。その足音でここが公衆の面前だということを思い出した。ふと目をやれば、店員と女子大生の何となく込み入った会話に関心をもった人がちらほら。
しかも、よく見るとあれはバーのマスターではないか。
建物の陰に隠れて何をやっているのか。
ヒロはそんな視線には気付いていないようだ。ぱっと顔を上げ、声を大きくする。
「そんなことはどうでもいい。今話すべきなのはお前のことだ」
「な、何よ。突然暴露大会を始めたのはヒロの方でしょ」
「それは……、それはいいんだよ。お前は自分が心配なんだよ」
「……っ」
真剣な眼差しから顔を背ける。ヒロの想いに、私は少し頬を熱くした。
本当はその言葉が飛び上がるほど嬉しい。でも、素直に喜べないのはもう決めてしまったから。
気付かないふりをする、と。
「一花、お前は迷っているだけだ。しっかりと向き合おうとしている。本当に逃げようとしているなら、あっさり男を捨てて、自分にはもう関係ないって平気な顔をしているはずだ。でも、お前は違う。自分の意志で決着を付けることができるだけの強さをもってる」
「……」
「お前は弱くない」
「……ヒロ」
「弱くない」
真っ直ぐとヒロに向かい合う。熱い視線が二人の間を交差する。
ヒロの目がこんなに深く澄んだ黒だということを初めて知った。
……気付いてはいけない、気付いてはいけない。でも、何に?
ヒロに気持ちが傾いているということ? それとも、今すぐその唇に触れたいということ?
弱くない。
その一言は激しく揺さぶられ、混乱した心にじんわりと染みわたる。
それはまるで、彼がつくるカクテルのように。
どこまでも優しく、そして温かい。