運命は硝子の道の先に
2 知らない部屋で
私は知らないベッドの上に横たわっていた。
焦げ茶の羽根布団に、白いシーツ。低反発のマットレスが動くたびに身体を荒々しく包み込む。疼く頭を支えながら起き上がると、そこは狭苦しい1Kの一室のようだった。几帳面だが、少々乱雑な家具の配置、脱ぎ捨てられたままの服、と部屋の主の性格が如実に表れており、誰かの生活の跡が確かにそこにある。
どうして私はこんなところに。
バーから出た記憶も、この部屋を訪ねた記憶もない。
ただ頭の痛みだけが、自分の許容範囲を超える酒量を飲んだのだと教えてくれる。
「ここは、一体どこなの?」
疑問を口にしても、答えてくれる人はいない。が、離れたところから聞こえる水の音がその答えを与えてくれるような気がした。あれは、間違いなく、シャワーの音。
キュッという蛇口が閉まると同時にどこかの扉が開く。乱暴に何かを拭く、布の擦れる音。それがこちらへ近付いてくる。
誰かが、来る────
「あれ、まだ眠ってる」
この部屋の唯一の出入り口が開かれた。入ってきた人物は軽く柔らかい声でそう口にする。間違いなく先ほどまで聞いていた声、あのバーの店員の声だった。
「よほど飲んだんだな、寝息も聞こえない」
私はとっさにベッドに横になり、狸寝入りを決め込んでいた。どうしてそうしたか。今、起きているのに気付かれたら、何やらまずい気がしたのだ。
店員と思われる男は、おそらく頭を拭きながら、ベッドに近寄ってきた。そして、寝たふりをする私に顔を寄せる。息を肌で感じるほどまで近くなると、さすがに平常心ではいられない。私は激しく暴れ出す心臓を抑えて、男が遠ざかるのを待った。
「熟睡かな、これは」
男は笑みを含んだ声でそう言うと、すっと頭を離した。間近で感じていた熱がなくなると、ホッとする。しかし、油断をすることもできず、これでは薄目を開けて状況を確認することもできない。私は肩まで掛けた布団の端を握り締め、この先どうするか、必死に考えた。
「それにしても凄かったなあ、あのいびき」
……え?
「あまりにも響くものだから、床が抜けるかと思った」
それって、私のこと? 私のいびきが大きかったとでも言いたいの?
怒りがふっと湧き上がるのを感じる。自慢ではないが、私の寝姿は静かで、寝相も良い方だとよく言われるのだ。それが、いびきとは。しかも、床が抜けるほどのいびき? そんなわけないじゃないか。
手の中にある布団の端をさらにぎゅうと握る。私の頭は恥ずかしさと怒りで一杯だった。
その途端、くくっという笑い声が。面白くて、堪えきれず漏れ出したようなその声は、明らかに男から発せられたもので。なぜここで笑うのか。その不思議さに私は思わず首を傾げた。
「心配しなくても、いびきなんてかいてないぞ。真っ黒な狸め」