運命は硝子の道の先に
私は収まりかけた怒りがまた湧き上がるのを感じた。しかも今度は何よりも聞きたくない言葉とセットだったものだから、じわじわ、じわじわと心の奥底から燃え上り、荒波が岩肌に激しくぶつかるがごとく押し寄せてきた。
「そこまで、……そこまで言うことはないでしょ。私はただいい人に出会えたから、理解してくれるかもしれない人に出会えたから嬉しかっただけで。それに、蓮(れん)は変な男じゃない」
「他の人を選ぶのに?」
「……っ」
「だいたいお前が優しい人だ、気配りもできる人だと思ったのは今のこの俺と同じやつなんだぞ。少し甘い言葉と態度で、笑顔を見せればすぐ落ちる。その男との出会いもそんな感じだったんだろ。ほんと、単純だな。運命が聞いて呆れる」
どこまでも私を突き刺す言葉。その一つ一つが的確で、言い返すことができない。あまりの惨めさに怒りを超えて、悲しくなってくる。私はその事実にすら耐え切れず、ロングTシャツの裾を握った。
ん? Tシャツ?
パッと見下ろせば、目に映ったのは英語のロゴが書かれたグレーのTシャツ。ちょうど太ももの半ばまでを隠してくれるそれは自分のものではなく。私は目の前に座る男に目をやった。
店では白いシャツに黒いエプロンを身につけていた。それが今は床の上に脱いだまま置かれており、男は白いTシャツにグレーのスラックスというシンプルな装いだ。アッシュブラウンの髪はまだ乾ききっておらず、先から雫を垂らしている。
これは、もしかして────
「ね、ねえ」
「何だ」
「もしかしてだけど、私たちって」
「何だよ」
「えっと、その、私ここにきてから、というかバーで意識を失ってからの記憶がないんだけど。もしかして私、何か、したかな」
「お前、覚えてないのか」
……私は一体、何を覚えていないの?
男は私の表情と仕草に答えを悟ったらしく、右手で頭を抱えて、こちらを見据えた。どうやら毛先のカールはパーマらしく、髪を洗った後でも様々な方向に伸びている。店ではセットしていたせいか、今よりもぐっと大人に見えたのだが。
いや、そんなことよりも、今は。
服を着替えた女とシャワーを浴びてきた男という組み合わせ、といえば。考えつくのは、一つしかない。
「なかなか刺激的な夜だったぞ」