エリート上司の甘い誘惑
カチ。
手元が揺れたのか、ビールの注ぎ口がグラスに当たって、そんな音がした。
それ以降、課長が何も言わず、謎の沈黙に首を傾げる。
「あの? 部長?」
「早く飲め。どうせ明日は休みだ」
「はあ……」
飲まなきゃ注げない。
そんな圧を感じる空気に負けて、半分ほどグラスを空けると、部長がさらに泡が溢れるギリギリまでビールを注いだ。
「好きなんだろう、酒」
図星をつかれ、う、と眉を八の字に下げる。
そうだ、少々自重しようとは思うけど、私はお酒がかなり好きだったりする。
「……ですね。望美とは一時期、毎週のように飲みに行ってて。女同士だと話も盛り上がってつい飲み過ぎて燥いじゃって」
「近頃、東屋ともよく行ってるみたいだな」
とぽぽ、と部長は自分のグラスにもビールを注ぎ足す。
さらりと余り触れられたくない方へ話が流れてしまって、眉を寄せむすっと唇をへの字に曲げた。
「行ってましたけど、もう行きません」
「そうか」
興味があるのかないのか、聞いておきながらの気のない返事で酒を飲む、その横顔。
そういう反応って、なぜだか急に悔しくなるというか負けたくない、というか。
いや、何を競って負けたくないのかは謎だけど、そういう感覚になるって話だ。
つい自分からぺらぺらっと話してしまう。
「な、なんか。みんな、好き放題言って面白がってますけど! 別に、東屋くんとは何もないですよ?!」
「そんな必死に言われると、何かあったのかと逆に詮索したくなる」
「え」
「急に、『行かない』と言いたくなるような何かがあったか?」
部長が頬杖を突き、グラスを置いた。
斜めに構えた視線で、笑みを浮かべて私を見る。
『行かない』と、言いたくなるような、何か。
「な、ないです、何もっ」
あの強引極まりないキスと、ストレートな告白を思い出してしまい、慌ててぶるんと顔を振る。
それでも顔色は取り繕えそうになかった。
多分、いま私の顔は真っ赤だろう。
それを隠そうとして俯いていて、部長の手が伸びてきていることに全く気付いていなかった。
「……真っ赤」
「ひゃっ?!」
突然耳の淵に触れた、冷たい感触に肩が跳ねる。
部長が身体を乗り出して、私の耳に触れたのだ。
冷たい、と感じたのは、私の耳が今異様なほどに熱いからだ。