エリート上司の甘い誘惑
「このくらいで酔うわけないだろ」

「でもなんか、普段の部長と違うんですもん」

「仕事とプライベートで違うのは当たり前じゃないか?」


そう、言われればそうだけど。
あ、そうか。
これはプライベートなのか。


「だったら、私ばっかり聞かれるのなんか不公平です」

「聞きたいことがあるなら聞けばいいだろ」

「聞いたら答えてくれるんですね?!」

「その代わりお前もちゃんと答えろよ」


互いにテーブルに身体を乗り出す姿勢で、言い合った。


「答えます!東屋くんとはどうもならないです!」

「なぜだ?」

「なぜって……東屋くんなんて引く手あまたじゃないですか。私のことなんて、多分気の迷いか一緒にいて気安いからに決まってるし」


そうだ。
あんな、彼女なんて選び放題の彼が、なぜに私なのか。


そこら辺りが謎すぎて、いまいち信じられないんだと思う。
なんで、私?


極々、誰もが思って当然のことを口にしたつもりだったが。
部長は、よくわからないといった表情で首を傾げた。


「随分、卑屈だな」

「卑屈?」

「そうだろう。自分とは釣り合わないとか思うからだろう」

「え、だって。釣り合わないですし。私なんてこんな頭の天辺から足の爪先まで至って普通で。中身も外見も」


なんでそんな、不思議そうな目で見るんだろう。
現実、誰が見たってそうだと思うんだけど。


「そんなことは」

「ない、ってはっきり思えたらいいんですけど。……失恋したんです。それからなんか、考えるようになっちゃって」


酒に仄かに酔い始めているのだろうか、それともいつもより砕けて、ぐっと親密にぽんぽんと会話ができるこの空気に気が緩んだのだろうか。


もちろん、誰に失恋した、とは言わないけれど。
私はぽつぽつと、ずっと燻っている気持ちを吐き出した。

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