エリート上司の甘い誘惑
「羽目を外すなと言わなかったか、園田」
地を這うような低い声に、園田の手がぎくりとして私の肩から離れたが、どんな表情だったかは見ていない。
園田より少し背が高い程度のはずの部長が、物凄く大きく見えて。
「西原」
ちらりと視線が私を見て、思わず「はいっ!」と背筋を伸ばした。
てっきり私も怒られるのかと思ったくらいに、部長は無表情だった。
だけど、伸ばされた手に私も手を差し出すと強く引き寄せられて、気が付くと部長の背中に居た。
ついしがみついてしまった部長の背中はとても大きくて、まだ私の手を握ったままの手はとても力強かった。
ほ、っと力が抜ける。
部長の背中に額をくっつけると、響いてくる声にまた一つ、安心する。
「……いいかげんにしとけよ、園田」
「別に、少し話をしてただけじゃないですか」
バツの悪そうな園田の声に、「嘘ばっかり手を上げようとしただろ絶対」と頭にきたけど、よく考えれば今にも殴ろうとしてたのは私の方も同じだった。
「こんなとこに連れ込んで?」
「人通りの邪魔にならないとこにいただけですよ」
「女性に取ったら、そんな場所で声を荒げられたら恐怖でしかない。通報されても文句は言えないな」
「はは、冗談言わないでくださいよ、殴りもしないのに」
「手を振り上げただけでも暴行罪は適用される」
適当な言葉を繰り返し言い逃れようとしていた園田が、そこでぐっと言葉を詰まらせた。
私も部長の背中でこっそりと、手の力を緩めたのは秘密だ。
部長の重いため息が落ちる。
少々諭したところで園田が心を入れ替えるわけもないと、判断したのだろうか。
「園田。九州の新支社設立の話は当然知ってるだろう」
不意に無関係の話を振って、園田の表情を訝しむものに変えた。