エリート上司の甘い誘惑

「勿論、知ってますけど……」

「各部署から何名か向こうに行くことになってるのも知ってるな。営業部からも即戦力を一名送り出すことになってる。お前、候補に名前上がってるぞ」

「はあっ?!」


最初は、だから何だ、の言葉で一転、慌てた声を上げる。


「なんで俺?! 転勤なら普通、独り身が候補に挙がるもんでしょう」

「どうせ戦力を持ってかれるなら、素行の悪いのを送り出したいに決まってるだろう」


素行って。
まじかよ、と小さく呟く園田の声が聞こえる。


「行きたくなきゃちょっとは改めろ。もう遅いかもしれないけどな」


その言葉に返事は聞こえなかったが、会釈くらいはしたのだろう。
早足の足音を聞いてから、私はやっと、部長の背中から手を離した。


「ま、ほんとは遅いんだけどな」

「え」

「もう決定してる。直に内示が降りるだろうけどそれまでは秘密な」

「うそ、それって素行のせいで?」

「嫁さんの実家が九州だから。それにまだ新婚だしな。素行は関係ない」

「ああ……」


つまり。
本来なら単身者を選ぶとこだけど、奥さんの実家が九州なら比較的転勤もしやすかろうと……しかも新婚で家庭が根付く前なら可能だろうと、既婚が理由では除外されなかったということだ。


しれっと肩を竦める部長を数秒、呆然と見上げたあと。


「ひどっ」
と、思わず吹き出してしまった。


「これで暫く大人しいといいんだがな。それよりなんでこんなことになってる」

「え?」

「いつもくっついてる金魚のフンはどうした」
< 164 / 217 >

この作品をシェア

pagetop