エリート上司の甘い誘惑
「勿論、知ってますけど……」
「各部署から何名か向こうに行くことになってるのも知ってるな。営業部からも即戦力を一名送り出すことになってる。お前、候補に名前上がってるぞ」
「はあっ?!」
最初は、だから何だ、の言葉で一転、慌てた声を上げる。
「なんで俺?! 転勤なら普通、独り身が候補に挙がるもんでしょう」
「どうせ戦力を持ってかれるなら、素行の悪いのを送り出したいに決まってるだろう」
素行って。
まじかよ、と小さく呟く園田の声が聞こえる。
「行きたくなきゃちょっとは改めろ。もう遅いかもしれないけどな」
その言葉に返事は聞こえなかったが、会釈くらいはしたのだろう。
早足の足音を聞いてから、私はやっと、部長の背中から手を離した。
「ま、ほんとは遅いんだけどな」
「え」
「もう決定してる。直に内示が降りるだろうけどそれまでは秘密な」
「うそ、それって素行のせいで?」
「嫁さんの実家が九州だから。それにまだ新婚だしな。素行は関係ない」
「ああ……」
つまり。
本来なら単身者を選ぶとこだけど、奥さんの実家が九州なら比較的転勤もしやすかろうと……しかも新婚で家庭が根付く前なら可能だろうと、既婚が理由では除外されなかったということだ。
しれっと肩を竦める部長を数秒、呆然と見上げたあと。
「ひどっ」
と、思わず吹き出してしまった。
「これで暫く大人しいといいんだがな。それよりなんでこんなことになってる」
「え?」
「いつもくっついてる金魚のフンはどうした」