エリート上司の甘い誘惑
店に入って行く部長の後ろに続くと、東屋くんが部長には聞こえないように小さな声で、私に耳打ちする。
「もしかして、もう部長に言ったんですか?」
「え?」
「それともこれから?」
「何を……」
「だから、自分の気持ち、です」
驚いて、狭い通路に立ち止まり東屋くんを見た。
彼は少し寂し気に、それでも優しく笑ってた。
「前にも言ったじゃないですか、ずっと見てたからわかるって」
だから、わかります。
貴女が、今惹かれてる人が誰なのかって、ことくらい。
そう言った。
多分今までで一番じゃないかと思うくらい、それはそれは優しい微笑だった。
驚いて声もない私の背を押し、歩くように促す。
声まで押し出されるようにして、私はようよう言葉にした。
「こ、このあと。言う」
「そうですか。さよさんは可愛いから、自信もって。俺が好きになった人なんですから」
「東屋くん、」
「玉砕したら、もう一度。口説きに伺います」
冗談めかしてそう言うと彼はもう、いつもの通りの顔で。
それでもその後の私の言葉を拒むように、何も言わずに私の前を歩き、座敷に戻った。
……気付いてたんだ。
いつから?
そんなものは、私自身自分の気持ちがいつからなんてわからないのだから。
だけど多分、彼はずっと。
私が少しずつ、藤堂部長に惹かれていくのを気付いてたんだ。
「…………ごめん」
謝ることじゃない。
そう思っても、小さく呟いてしまった一言は確かに本心だった。
背の高い後ろ姿から目を逸らすようにして、私は下唇を噛んだ。