エリート上司の甘い誘惑

その一瞬だけは、部長は面白くなさそうに眉を顰めた。
すぐに機嫌の良さげな表情に変わる横顔は、少し俯き目を伏せて、口元が穏やかに緩んでいた。


そんな表情の変化を横から見上げながら、私は自分の中から溢れる様々な感情に翻弄される。



「部長、」



その言葉の意味は、なんですか。
東屋くんに煽られて、妬いてくれたのだと思っていいんですか。


どうしてこんな風に皆の前で連れ出したんですか。
皆に何か噂されても、迷惑じゃないって思っていいんですか。



「部長、どこに」

「そうだな。どこに行こうか」



言いながら、少しも迷いのない足取り。
握りしめられたままの手。


思い出しては頭から離れなくなるのは
時々爆弾みたいに落とされる、甘いお世辞や蕩けそうな優しい視線。


抱きしめられた時に伝わったぬくもりや、頬に触れたキスの感触。


それら全部を額面通りに受け止めて、喜んでしまう自分の左手首で、確かな重みを主張するものがある。


貴方があの夜の人だといい。
違ったらどうすればいい?


聞くのが怖い。
顔もろくに覚えていない相手とキスをする女なのだと、軽蔑されたらどうしよう。


嫌われたらどうしよう。


だけど聞かずにこのままにはできない自分が、居て。




「部長、私」

「ん?」

「私……、わかりません」



わかりません。
どうしたらいいのか、わかりません。


でも、嫌われたくないんです。

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