エリート上司の甘い誘惑
気がついたら、足が止まっていた。
ぐちゃぐちゃに頭の中を感情にかき回されて、自分が今どんな顔をしているのかわからないけれど。
傍から見れば、私たちは恋人同士に見えるだろうか。
けどきっと私の表情は、好きな人と手を繋ぎ幸せそうな恋人のものとは程遠い。
部長が驚いた目で私を見る。
ぎゅっと目頭に力を入れた途端、ぽろぽろと涙が出た。
手はしっかりと繋がれたままで、空いた方の手で涙を拭った。
手首で腕時計が不安定に揺れる。
涙で顔が上げられなくて、部長が今どんな顔をしているのか、見えなかった。
俯いた足元に、彼の靴の先が見えた。
お願い、部長。
どうか、この腕時計は俺のだと、言って。
「……西原」
聞こえた声は、苦し気なものだった。
戸惑いも含んでた。
やっぱり、この腕時計を見てもわからないのだろうか。
意味もわからず泣かれて、彼の方こそ首を傾げているだろうか。
泣いてしまった後悔で、また涙が出てくる。
その目尻に、優しく指が触れて拭った。
「……迷ってるのか」
「……え?」
会話が、繋がらない。
不思議に思って顔を上げると、彼は苦しそうに眉を寄せていた。