エリート上司の甘い誘惑
部長の手が、私の手首を掴む。
左手の、腕時計のある方だ。
ちらりと、確かに視線を向けた。
明らかにサイズの合ってない、服にも馴染まない、男物のそれを。
彼の指が撫でた。
「俺の、思い上がりだったか? 西原」
何の、話?
わからなくてただ、首を振る。
何もかもわからない。
部長がなぜ、苦しそうな顔をするのかも。
泣きたかったのは私の方で、何も言ってくれない部長を恨めしく思っていたはずなのに、彼の顔を見ていたら逆に自分が、酷いことをしているような気がしてしまう。
「部長? 私、」
「行くぞ」
「えっ?」
部長が目を逸らして、再び強く私の手を引き歩き出す。
「今日は……帰さないと決めてる」
もう、嫌だとは言わせない。
そんな呟きが、前方から微かに聞こえた気がした。