エリート上司の甘い誘惑
「しっかりしろ、部屋番号は? ……ああ、いい。わかった」



エントランスにある部屋番号ごとに並んだポストに、西原の名前があった。
名字だけだが、他は別の名字と空きが二軒あるだけだ、間違いはないだろう。


肩を抱える様にして、立たない足腰を無理矢理歩かせる。
寧ろ引きずっているようなものだ、これならいっそ抱き上げた方がよほど楽だが、タクシーを出る際に挑戦して「嫌だバカバカ」と叫ばれた。


めんどくさい。
めんどくさいことこの上ない。


鍵を出すぞ、開けるぞ、入るぞ。


といちいち声をかけ、確認をとっておいたがはっきり言って、聞こえているか覚えているかも怪しいものだ。



「水を汲んできてやるから、それ飲んでもう寝ろ」



ベッドに座らせて、部屋を見渡しキッチンに向かう。
どこもかしこも、きちんと整理されていてキッチンの流し台も綺麗なものだった。


かといって、料理をしないからというわけでもなさそうで、調味料や香辛料も幾つも並んでいた。
彼女のことをよく知っているわけではないが、仕事中の様子から知り得る人柄から考えても、西原らしいと思う。


整然と並んだ食器棚から、グラスを一つ手に取る。
カップもグラスも、二つ揃えのものが多く目につき、要らない想像が頭に浮かんだ。


言わずもがな、園田と使っていたのだろう。





< 187 / 217 >

この作品をシェア

pagetop