エリート上司の甘い誘惑
「……西原」

「…………もし、」



随分久しぶりに声を聞いた気がする。
擦れた声が、静かに部屋の空気を震わせた。



「……相手が、すごく綺麗な人なら、外見のせいに出来たのに」



相手は、至って普通の女だった。
外見ではなく中身で自分が選ばれなかったのだというのなら、人間性で劣ると受け止めた。
それが尚更、西原の傷を抉ったのだろう。


はらはらはら。
涙が落ちる。


どれだけ指で拭っても、きりがない。
視線は宙のある一点を見つめていて、俺の存在を認識しているかどうかもわからない。



「…………大丈夫だ」



同情も、あっただろう。
どうにも止まらない涙を、とめてやりたいと思ったのも本当だ。



「お前は、いい女だ」



だが、その言葉も本当だった。
振った男のマイナスにはなるまいと、気丈に振舞う姿は、胸が痛くなるほど健気でいじらしかった。


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