エリート上司の甘い誘惑
深夜遅く。
眠った彼女に布団をかけてやり漸く傍を離れることができた俺は、すぐさま洗面所を借りて顔を洗った。


顔に浴びせた冷水のお陰で幾分、身体に燻る熱が治まってきたが。


どっと疲れた。
酷い夜だ。


触れるなと泣くくせに、このままでは堪えきれ無さそうだと身体を離しキスを止めようとすれば縋り付いてくる。
結局それが、眠るまで続いた。


鏡に映る自分は、酷く疲れた顔をしていた。


このままで終わらせるか、と若干恨みも混じった誓いを立てる。
憶えているかどうか怪しい彼女の為に、腕時計を外して洗面所に置いた。


俺と出会ったことくらいは、この時計を見て思い出せ。
それをきっかけに、芋づる式に記憶が引き出されれば尚のこと良い。


そして必ず彼女の方から「好き」だと言わせてやる。
誤算だったのは、彼女が俺が思っていた以上に酩酊状態であり、誰と会ったかすら思い出せない状態だったということだ。


翌朝、オフィスで「おはようございまぁす」と能天気な声で挨拶された時に嫌な予感を感じ、その後の態度から全く覚えていない様だと気付いた。


なんて奴だ。
しかも、東屋までが接近し始めたと知った時にはかなり苛ついた。


いっそのこと、全部俺の口から彼女に、あの夜のことを余すことなく綺麗に話してやろうかと思った時もあった。
どれだけ、あの夜の彼女が。


健気で、いじらしくて。
可愛らしくあったかを、懇々と。


それをしなかったのは、結局彼女の気持ちがこちらになければ意味がないとわかっていたからだ。
彼女自身が、選ばなければ意味がないのだから。


それが彼女を尊重することだろうと、理解した。
あの夜惹かれた彼女の人間性に、無暗に触れたくなかった。


歪むことなくそっと、そのままの彼女が欲しかった。
欲張りだっただろうか、そのおかげで随分とその後の彼女の態度に翻弄された。

結局最後は根負けしたように、こちらから言わされる羽目になったのだった。

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