エリート上司の甘い誘惑



どちらの家でも良かった。
恐らくはほんの少し、部長の家の方が近かったというだけのことだ。


タクシーを降りてマンションのエレベーターを上がる間に、肩を抱かれた。
頭にキスを落とし、抱き寄せた手の指が落ち着きなく私の首筋や頬を撫でる。


無言だけど、時折落ちる溜め息や息遣いが、早く触れたいと言ってる気がした。


玄関に入った途端、それは気のせいじゃなかったのだと教えられる。



「ん、う」



貪るような、口付けだった。


苦しいほどに、もっと、もっとと舌も唇も食べられる。
つい、腰が引けた。


それは許されないと、玄関扉に押し付けるようにしてキスは続く。


かしゃん、と音がした。
未だ私の手首にある部長の腕時計が、背後の扉に当たった音だった。



「んっ……部長、あの」



部長の身体を押し返して、なんとか唇に隙間を作る。
彼は、なんだ、と不満げに眉を寄せた。



「時計がまだ、」

「後でいい」

「でも、傷が」

「いい」



そんなことかくだらない、とでも言いたげだ。


くだらなくない。
あの時計の金額を知ってるだけに、全くくだらなくないのだけども!


部長は、私の顎を片手で持ち上げ、一層深く口づけた。
時計なんかに気を取られるなと言わんばかりに、しっとりと、丁寧に、確実に私を酔わせていく。


徐々に、力が抜けた。
抵抗するつもりなんてもとよりないけれど、私がすっかり身体ごと彼に支えられるように預けてしまうころ。


ようやく、激しいキスが少し、柔らかくなり。
砕けた腰を抱く力強い腕に、私は寝室に招かれた。

< 201 / 217 >

この作品をシェア

pagetop