エリート上司の甘い誘惑


「懐かれてるねえ」


女子トイレの洗面所で、鏡を覗きながらルージュを引きなおす。
望美は隣で眉を整えていた。


「まあ……最初に指導したのが私だからね」

「にしたって最近よく食事に行ってるじゃない」

「よく、じゃないよ。三回行っただけ」


洋食屋のあと、焼き鳥屋と焼き肉屋。
次は私が奢る番だから、あともう一回行くべきなんだけど、今日は嫌だ。
絶対さっきの話をぶり返される。


「で……その腕時計の主と、顔が赤くなるような何があったの」


こちらの追及はもう逃れられそうにないので諦めたけど。


「……はっきり覚えてはいないんだけどさ」


恥ずかしいやらで、ルージュスティックを無意味に手で弄びながら、渋々口にする。


「キス、したのを覚えてる」

「え、誰と? その腕時計の彼と?」

「わかんないの! 何も!」


覚えてる、誰かと交わしたキスが酷く濃厚だったことまで喋らされてしまった。

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