エリート上司の甘い誘惑

望美曰く。


「あんた、ほんとに無事だったの?」


そんな濃厚なキスをしといて意識もないのに、ほんとにいたしていないのかとそれが不思議だったらしい。
そりゃ……泥酔した女の顔なんて綺麗なもんじゃないだろうし、その気が失せたってことじゃないのかしら。


午後の業務が始まって漸く楽しそうな望美の追及から逃れられたが、微妙に仕事に集中できない。
というのも、最後に望美が変なことを言うからだ。


「そんな高い時計をさ、うっかり忘れもしないだろうし。さよの方から、思い出して声かけて欲しい、とかじゃないの?」


だとしたらロマンチックー、とか望美は騒いでたけど、それ相手をイケメンで想像してるよね。


……でも。


と、デスクの上の資料を整理していた手を止める。
確かにイケメンであれば嬉しいけども、きっとそれ以上にこんなにも気にかかる理由がある。


どうしてもあのキスを忘れられないのは、濃厚である以上に確かにあの瞬間、寂しくて空っぽになりかけていた私の心を慰めたから、じゃないかと思う。


涙を拭ってくれた手が、酷く優しかったことも。
だから、こんなにも頭から離れないんだ。


ふ、と息を吐き出して、緩く頭を振った。


仕事に集中しなきゃ。
いつかほんとに、ミスしちゃう。


深呼吸して雑念を振り払い仕事を再開したのだが、時すでに遅し、というやつで。
私がそのことに気づいたのは、夕方近くになってからだ。


順繰りに仕事を熟しているつもりで、積まれた資料を上から片している時、資料の山と本立てとの間に落ちているファイルに気が付いた。


「あ……」


考えるまでもなく、すぐに思い浮かんだ仕事だ。
明日の打ち合わせに必要だからと頼まれていた資料作成の、データじゃなかったか。

どくん、と心臓が大きく跳ねて、冷や汗が噴き出した。
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