エリート上司の甘い誘惑
終業時刻を迎え、自分の仕事を終えた人は順々に席を立ち帰り支度を始める。
「お疲れ様でーす」
「お疲れ様ー」
「さよ、まだ帰らないの?」
望美が忙しく手を動かしたままの私に気が付いて、声をかけてくれた。
「うん、ちょっとね……後回しにしちゃってた仕事があって」
「大丈夫? 手伝おうか」
「へーき。そんなにかからないよ」
笑って手を振ったけど、ほんとはそんな会話をしている時間も惜しい。
後回し、なんて曖昧な言い方をしてしまったけど、実際には綺麗さっぱり忘れてしまっていたのだ。
そんなくだらないミスの為に、誰かに助けてもらうわけにいかない。
だけど焦れば焦るほど、僅かなことに手を取られた。
図形や表を取り込んだ途端にバランスが崩れたり、いつもならすぐに出来る修正が今日は中々うまくいかない。
「西原」
「はいっ?!」
突如、セクシーな低音ボイスで名前を呼ばれ、背筋が伸びた。
パソコン画面から顔を上げ、フロア全体を見渡す。
いつの間にか、藤堂部長と二人きりになっていた。
「あ、部長。お疲れ様ですっ」
「お前が残業まで仕事持ち込むなんて珍しいな。大丈夫か?」
ぎく、と顔が引き攣った。
くだらないことに気を取られて仕事が疎かになっていたなんて、情けなくて絶対知られたくない。
「接待がなけりゃ手伝ってやれるんだが……」
「とんでもない、大丈夫です! ちょっと手間取ってるだけで……すぐ終わりますから」
平気です、と笑いながら両手を振って問題ないと主張した。
だけど、藤堂部長はじっと私を見つめて、何も言おうとしない。