エリート上司の甘い誘惑
「ぶ、部長?」


右手だけじゃなく、私の左側からも手が伸びてデスクに置かれている。
背後から、覆い被さられるような状況で振り向くことはできないけれど、声だけで藤堂部長だとすぐにわかった。


「このままだと古いので上書きすることにならないか」

「え……あ! ほんとだ!」


指摘されて気付いた。
ずっと画面とにらめっこしていて、思考力が落ちてきていたのかもしれない。


せっかく微調整を済ませたデータを、古いデータで上書きしてしまうところだった。
一度はした作業だから難しくもないけれど、ミスの見直しも再度するとなれば余計な手間でまた時間を食ってしまう。


「す……すみません助かりました」

「いや、咄嗟のことで驚かせたな」


言いながら、部長がマウスを操作して正しく保存してくれた。


……私の手を、マウスとの間に挟んだまま。


「あ、あの。部長、接待じゃあ……」

「終わったから戻ってきた。もういいな? 電源落とすぞ」

「あ、はい! あの、自分で……」

「ん?」


おまけにそのまま、電源を落とすところまで。
やけにのんびりとしたポインターの動きなのは気のせいかな、気のせいかな!


これは、こんな時間まで仕事を頑張った私への、神様のご褒美ですか。
それとも注意力散漫のせいで危うくご迷惑をおかけするとこだった罰ですか。


距離が近すぎて、背中が熱くて、身体が強張る。
息遣いまで聞こえそうで、耳元がくすぐったいような気さえする。


居心地よいのか悪いのか、わからない。
余りの状況に言葉が続かなくなってしまった私に、不審がることもない部長はもしかして、わざとやっているのでしょうか。


早鐘を打つ自分の鼓動を聞きながら、固まること数秒。
そう、多分それほど長い時間ではなかったのだ、私が長く感じただけで。
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