エリート上司の甘い誘惑
「電源落としたぞ」
「あ、ありがとうございます……」
ようやっと、これまたゆっくりと、重なった手が離れていった。
疲れた。
どっと疲れた、心臓フル活動だ。
背中に感じていた体温も同時に離れていって、ほっと力が抜けた。
そんな私に一言、今度は咎めるような声が聞こえた。
「ところで今、何時だと思ってる?」
「えっ……あ!」
慌てて壁の時計を見上げた。
もしや、終電逃した?!
かと思いきや、思っていたよりも少し早い、終電までには十分間に合う時間だった。
「やった! 良かった終電間に合いました!」
「終電過ぎる可能性まで考えてやってたのか」
喜ぶ私とは裏腹に、部長の声は非常に低かった。
まずかった、だろうか。
くる、と椅子を回転させて恐る恐る横を向く。
藤堂部長が少し後ろに下がり、背後の壁に凭れ腕を組んでいた。
残業をしてはいけないことはないけれど、余り遅い時間までの業務は歓迎されない。
それは重々、よくわかっている。
「西原がこんな時間まで追いつめられることは今までなかっただろう。抱える仕事が多過ぎて負担になってるなら、俺にも責任がある」
「いや! 違います、そうじゃなくて!」
とんでもない、と慌てて頭を振った。
ただ仕事に手が付かなくて、放置になってた仕事で残業になったなんて、情けなくて知られたくなかったけれど。
部長の責任だなんて言われたら、もう観念する他ない。
「違うんです、その……このところ、仕事が手に付かなくて。注意力が散漫になっていて、それで、その。頼まれていた仕事を一つ、忘れてしまっていたんです。明日までだったので、それで慌てて……すみません」
椅子から立ち上がり、頭を下げた。
あああ。
仕事だけはコツコツ真面目に、信頼を築いてきたつもりなのに。