エリート上司の甘い誘惑
目を閉じ、深呼吸を一つ。
東屋くんのカップはもう必要ないから、手の方向を変え園田のカップを手に取った。
「久しぶりだな、西原のコーヒー」
「そうでした?」
意外にさらりと声が出たことにほっとする。
余りにも理不尽な別れ話も、その後私とのことなど何もなかったかのように振舞われていることも、腹も立つし悔しいし、行き場のない感情は常にある。
だけど、怒ることも泣くことも、絶対にしたくない。
悔しいという表情さえ、見せたくなかった。
園田は一体、何を考えているんだろう。
本当に何もなかったかのように、今更同僚として仲良くしてほしいのだろうか。
昨日のメッセージも誤送信ではなく、同僚として新婚旅行の土産を渡したいということだろうか。
もしそうなら、普通の人間の神経とは思えない。
天然か?
園田は天然の鬼畜なのだろうか。
コーヒーを淹れる作業に集中するフリをして、顔は上げずにいた。
サーバーを手に取って、まずは園田のカップに注いだ。
「どうぞ」
と脇に置いて、他のカップにもコーヒーを注ぐ。
すぐにカップを持っていなくなればいいものを、なぜか立ち去る様子がない。
「東屋と最近仲良いって?」
眉を顰めた。
この上、世間話をしようとでもいうのか、無神経さに不快感が増す。
神経の配線ミスかしら、神様ここに失敗作がございますよ!
回収しなくていいんですかー?!
「そうでもないけど、まあ、私彼の指導役だったし」
いっぺん死んでやり直したらいいのに。