エリート上司の甘い誘惑

話にならない。
東屋くんのことは今晩本人に聞くことにして、今は一秒でも早くこの人から離れたい。


コーヒーを乗せたトレーを手に取ろうとした。
その手首を、園田に捕まれて阻まれる。


「んなの、口実に決まってるだろ」

「ちょっと!」


捕まれた手首を解こうと足掻くと、それは簡単に解けた。
ここで大きな声でも出せば、困るのは園田だ、それはわかっているんだろう。


だけど引き下がる気配はなくて、いい加減にしてくれ、と声を荒げようとした時。
こんこん、と音がした。


「何をしてる?」


二人同時に、出入り口の方を向く。
そこに、見ているこちらが凍り付きそうなほど冷ややかな無表情を浮かべた藤堂部長の姿があった。


「部長……」


変なところを見られた、もしかしたら話を聞かれたかもしれない、という気まずさはあったが、それよりも安堵の方が強い。


ほ、と力が抜けてこっそりと流し台に腰を預ける。
園田は一歩下がり、私から距離を置いて肩を竦め、飄々という。


「西原さんに、俺の分のコーヒーを淹れてもらってただけですよ」


部長は園田を一瞥した後、まっすぐ私に近寄って来た。


「西原、コーヒーはまだか?」

「あ……はい! 今入りました、遅くなってすみません」

「いや」


別に、部長に頼まれたわけではない。
私が自主的に淹れているだけだし、部長が催促にきたことなど一度もない。


さり気無く助けに入る為にそう言ってくれたのだ。
園田もバツが悪そうに、慌てて自分のカップを取った。


「じゃあ、俺の分もありがとな」


何事もなかったかのようにコソコソと去ろうとする彼を、部長が呼び止めた。


「園田」
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