エリート上司の甘い誘惑
「なんです?」

「里帰り出産だって? 今一人で大変だろう」


部長は、先ほどまでの無表情から一転してにこやかに笑ってみせる。
でも、目が笑ってない。


私の方をちらりとも見ない園田は、頬を引き攣らせながらも部長に笑って答えた。


「まだ臨月じゃないんですけどね、実家が遠方なんで早めに」

「出産報告、楽しみにしてるよ」


黙って話を聞いていて、最初はそうか出産かとその程度だったが、じわじわと腹の底から怒りが沸いてくる。


奥さんが里帰りの途端にコレってこと?!
もしかして、その合間に上手いことやってやろうってそういう魂胆?!


私なら、まだ傷心中だから流されるだろうって、そういうこと?!


園田が今度こそその場を離れようとする。
部長の声が、再びそれを引き留め念押しをした。


「新婚早々、羽目外すなよ、園田」

「なんすかそれ」


冗談を聞き流すかのように笑って誤魔化そうとする。


今まさに、おもっきし外れてたよね?!
羽目外れてたよね?!


逃げていく園田の背中を睨みながら、コーヒー全部頭からぶっかけてやれば良かったと後悔した。



「西原」

「は、はい! すみません、コーヒーごときに時間かかっちゃって」



なんかもう、昨日に引き続き、申し訳ない。
なさすぎて、汗が出てくる。


ぺこりと頭を下げると、部長の声が優しく、また昨日と同じ言葉を聞く。



「大丈夫か?」

「はいっ、大丈夫です!」



部長とこういう雰囲気になると、酷く焦って何が大丈夫なのかも曖昧なまま、無難な言葉を選んで返事してしまうけど。


私の方こそ尋ねたい。


大丈夫、ですけど。
大丈夫かと、何かと尋ねる意味を知りたい。
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