エリート上司の甘い誘惑
そんなのはただの記憶だよ
今、傍にいる人間に目を向ければ
東屋くんの言葉が、頭を過ってちくりと胸を刺した。
過去の幻影と同じように、相手もわからないままでは、あのキスだってただの記憶に違いないんだ。
のろのろと立ち上がり、部屋の灯りを点けた。
小物入れの引き出しから、例の腕時計を取り出し手のひらに乗せた。
もう一度、ちゃんと探してみよう。
だけど、どうして向こうから現れてはくれないんだろう。
東屋くんとのことや、腕時計のことが交互に頭を占めて、その夜は部屋に染みつく思い出に悩まされることはなかったけれど、おかげで殆ど眠れもしなかった。
翌日、いつもの人懐こい後輩の顔で「さよさぁん」とヤツがすり寄ってきた時には睡眠不足もありイラついて
「近寄るなこの犯罪者」
と一刀両断したのは言うまでもない。