エリート上司の甘い誘惑
容疑者を上げろ
「さよさぁん!」



しとしとと冷たい雨が朝から路面を濡らしている。
出勤時間、駅から会社までの道のりで後ろから東屋くんの声が聞こえ、傘を傾げて半身だけ振り向いた。


背の高い彼が、少し傘を上に持ち上げ人を避けながら近づいてくる。



……きさま。
きさまのせいで殆ど眠れず、寝不足で頭も目も痛いというのに、相変わらず人懐こい笑顔で何をへらへらと。


もう騙されないからな!



「さよさん! 夕べは俺、」

「近寄るなこの犯罪者」



その一言でぴきっと固まった彼を放置して、会社に急いだ。
以降、振り向きもしなかったのだが、ずっとついて来ていることには気づいていた。


行く先は同じオフィスなのだから、当然と言えば当然だけど。




一度個人ロッカーに寄り東屋くんをまいて、コートと手荷物を置きオフィスに着けば、もう何人かの姿があった。


挨拶をしながら自分のデスクに向かう。
向かい側のデスクにも、既に望美が出勤して仕事の準備をしていた。



「おはよ」

「はよー、さよ。……と、東屋くん」

「は? ……うわっ」



望美が首を傾げながら私の背後を見る。
驚いて振り向くと、またいつの間にか後ろに立っていた。


しかも、あからさまにしょ気た顔で。
影を背負って。


望美がそれを、指差して言った。



「どしたの。叱られた忠犬みたいなことになってるけど」

「……昨日、調子に乗ってさよさんを怒らせてしまいました。それから近寄らせてもらえなくて」

「何よ忠犬って!」



ちょっとは否定しろ!
しかも望美の目はなぜか東屋くんに同情的だった。


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