エリート上司の甘い誘惑
「何やったのよ東屋くん。まあ、さよは口と同時に手が出るタイプかもしれないけど」
「いや、ほんとに俺が悪いんです。グーで殴られても仕方ないんで」
しょぼん、と私の後ろで背中を丸めて小さくなる。
やけに殊勝な態度だと訝しむところだが、それよりもなぜか周囲がクスクスと微笑ましい顔で私と東屋くんを見ているのだ。
「グーパン?! さよ、あんたこんなキレーな顔グーパンしたの?!」
「かわいそー」
許してあげなよ、と望美に続いて他の女子も笑いながら私を見る。
「ちょっ……だって。それは」
ちょっと、何この空気。
私達っていつのまに、そんな目で見られるようになってたの。
しかもこの話の流れでは、懐く彼を私が邪険にしているようではないか。
いやでも、あんな強引にキスされたら殴っても仕方ないでしょ、こっちの意思確認もなしにあんなことしたら暴行でしょ!
だけど無理矢理キスされましたなんて言えないし。他の社員が苦笑いしながら悄気る彼の肩を叩いて慰める。
歯噛みしながら見ていると、はた、と彼と目があった。
に、と唇の端が上がる。
その黒い微笑に確信した。
わざとかこのやろう!
周囲から固めていくつもりか!
周囲を味方につけてくつもりだな?!
なんとかしてコイツを追い出さねば。
ムカムカしながら東屋くんを睨んでいて、部長が出勤してきたことに気づかなかった。
どさっと大きな音がしたことで初めて気づき、慌てて会釈する。
「あ、おはようございます部長」
「おはよう。賑やかだな随分」
ビジネスバッグをデスクの上に置いた音だったのだが、幾分、いつもより乱暴に聞こえたような気がした。
「くだらない話してないで、早く席に戻れ。朝礼始めるぞ」
藤堂部長が、私とは離れた位置にある東屋くんのデスクの方角を視線で示し、再び東屋くんを見る。
部長からは余り聞くことがない冷えた声に、さっきまでやんややんやと面白がっていた望美や他の面子も、ぴたりと口を閉ざしてしまった。
当然だ。
始業前とはいえ、仕事の準備もせず、仕事なんてまったく関係ない話で朝っぱらから騒いでいたんだから。
「すみません、すぐに……」
ほら早く!
と東屋くんを促そうとした。
だけど、彼は私の方などちらりとも見ずじっと藤堂部長を見据えていて、ひやりと肝が冷える。
胃が重くなるような、ぴりぴりとした空気を互いの視線が生んでいた。