イケメン御曹司のとろける愛情
 真っ赤な顔で懸命にパンプスを引っ張ると、両肩からバッグがずり落ちた。

 出勤を焦っている人がいるのだろう、どこからか「チッ」と舌打ちの音が聞こえてくる。ますます焦って申し訳ない気持ちになり、必死でパンプスを引き抜こうとするが、びくともしない。

 私、そんなに体重重くないはずなのにっ。

 ってそうじゃなくて、なんとかしなくちゃ!

 でも、パンプスが挟まったままじゃ、降りようにも降りられない。

 焦りと恥ずかしさで頭に血が上り、目に涙が浮かんで黒縁メガネが曇る。余計にあわてたとき、私の隣に誰かが跪いた。

「よろしければ、僕がやってみましょうか?」

 パニック状態の私の耳に、低く優しい声が響いた。泣きそうな顔で右側を見ると、精悍な顔立ちをした黒いスーツの男性が片膝をついている。

「僕の方が力があると思うので」

 男性が両手を伸ばし、私はパンプスから手を離した。彼が左手をパンプスのかかとに、右手をヒールのつけ根に添えて、ぐっと力を入れる。とたんにパンプスはスポリと抜けた。

「あ、ありがとうございますっ」
「どういたしまして」

 男性はにこりと微笑んだ。その爽やかな笑顔が救いの神のように見える。
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