イケメン御曹司のとろける愛情
 だって、“安定した人生”って“経済的に”ってこと? そうしたら“精神的に”安定した人生はどこへいってしまうんだろう。

 まだ可能性はあるかもしれないのに、夢に背を向けたくない。向けられない。

 父からの最後通牒により、タイムリミットは三十歳の誕生日、つまり来年の九月に設定されてしまった。あと約十一ヵ月で、父は御茶ノ水のマンションを売却する。でも、いざとなったら自分で住むところを探して、今と同じ生活を続ければいいんじゃないかな。ピアノさえあればなんとかなる……と思う。

 でも、壁の薄いアパートじゃ、ピアノの練習はできないかぁ……。

 今と同じ生活、いったいいつまで続けられるんだろう……。続けなくちゃいけないんだろう……。

 静かな部屋に一人でじっとしていると、将来への不安が不気味な影のように心に広がり始め、わけもなく怖くなる。それを振り払おうと、首を何度も横に振った。

 ダメ。不安なんかに負けちゃダメ。

 今は目の前にチャンスがあるんだから、全力でぶつからなくちゃ。

 私は気持ちを切り替えようと、両頬を軽く叩いた。
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