イケメン御曹司のとろける愛情
 曲の最後、息を吐き切ると同時に鍵盤から指を離した。

 窓の方から拍手が聞こえてくる。水無川さんはいつの間にか大きな窓ガラスにもたれて立っていた。

「奏美さんのライブを聴くのは二度目だって言ったよね?」

 水無川さんが言った。

「はい」
「一年前、ポートスクエアでキミのライブを聴いたんだ」

 ポートスクエアは神奈川県川崎市にある、京浜工業地帯に近い再開発されたショッピングエリアだ。そのオープニングイベントで、私は地元出身のジャズピアニストとして招待されて演奏した(私は中学卒業まで川崎で育ったのだ)。

 水無川さんが話を続ける。

「ミナガワ・エンジニアリングは航空機用エンジンを製造していて、俺は設計を担当しているんだ。当時、俺たちはMJRJプロジェクトの参入を競合他社と争っていた。でも、ミナガワ・エンジニアリングがそれまで製造していたエンジンでは、大手メーカーの改良型エンジンに勝てそうになくて……。そんな状態でMJRJプロジェクトの参入を争う意味はあるんだろうか、従業員の生活を危機にさらすことになりはしないかって悩んでいたんだ」
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