MAS-S~四角いソシオパス~
第十三話
三月一日、午後九時、BAR『白夢』の前。
「なかなか現れませんね」
小雨交じりの中、店から少し離れた場所にある軽自動車から静音と竜也は張り込みをしていた。三月に入ったとは言え、夜ともなるとやはり寒い。しかも張り込みとなると当然エンジンを切っており暖房もついていない。温かカイロと保温ポットの紅茶のみが暖を取る方法となっていた。
「旦那さん、来ますかね?」
「ああ、必ず来る。今までの行動パターンからすると、居酒屋の後は必ずこのBARでしこたま飲んでから帰宅してる。まず狂いはないだろう」
「そうですか。それはともかく、大丈夫なんですか? 演技と契約の内容」
「大丈夫だ。雨宮との特訓のおかげでもう台詞は完璧に覚えた」
(当たり前だ。一カ月も毎日やって覚えない方がおかしいわ)
「頼みますよ? 今回の計画で一番重要なところなんですから」
「任せとけって!」
(手放しで任せられないから心配してるんだけどね……)
二時間後、寒さとイライラに耐え兼ねて静音は口を開く。
「局長、本当に来るんですよね?」
「ああ、多分……」
(頼りねえ~、この人の言動は逐一適当だからな~)
「全く……、来なかったらこの後、焼き肉奢らせますからね」
「えっ、マジで?」
「マジで」
「最近、雨宮俺への当たりがキツイな~」
(まあアンタのこと見限ってますからね。報酬をゲットしたらポイ捨てよポイ捨て)
沙也加の計画に乗ったときから静音はいかにして報酬を騙し取るかを考えており、その算段も既に整っていた。その反面、沙也加の底知れぬ本質や言動が気になり、心底信用するもの危険だとも思う。頭が切れることもそうだが、たまに見せる無機質な視線が怖くなることもある。
戸籍と住まいを用意したと報告したときも、経緯の説明を淡々と聞くのみで余計な詮索もしない。誰かを殺害すると言った件も引っかかっていたが、この話題には触れない方が良いと判断した。静音は今までの沙也加の言動を振り返りながら竜也に問い掛け。
「局長、一つ聞いてもいいですか?」
「ん、なんだ?」
「沙也加さんをどう思います?」
「とても美人だと思う」
(聞いた相手が間違ってた)
「もういいです」
「冗談だって、あれだろ? 人間性って意味だろ?」
「そうです。どう思います?」
「サイコパスだろうな。まず間違いない。仕事の経験上何人か会ったことあるしな」
「サイコパス……、殺人鬼に多いあれですよね?」
「ああ、人類の捕食者ってヤツだ。でも、厳密に言うと沙也加さんを含め真のサイコパスっていうのは少ない。俺が見てきたヤツも環境や経験等で後天的にサイコパスになった、いわゆるソシオパスばかりだった。本当にサイコパスは生まれながらにして人類の敵。常人では想像もつかないくらい狡猾で冷酷な生物だろうな」
竜也の説明に静音は生唾を呑んで聞く。
「つまり、沙也加さんはソシオパスだと?」
「おそらくな。サイコパスもソシオパスも総じて聡明で目的達成の為に手段を選ばない。旦那の前での猫かぶりな演技力を見ても相当の玉だよ」
(やっぱり勘は当たってた。あの人に深入りしてはいけないし、過度に信用してもならない)
真剣な顔つきで考え込む静音を見て竜也は首を傾げる。その視線の先に見慣れた男性の姿を見つけると、竜也は静音の頭を押さえ素早く隠れる。
「来たぞ! 旦那さんだ」
「はい、私も確認しました!」
おぼつかない足取りで店に入って行く後ろ姿を確認すると竜也は準備を始める。
「すぐに入るのは怪しまれるので、ちょっと経ってから行ってください」
「ああ、分かってるよ。しかし、さっきの足取りだと相当飲んでるな。ここで更に飲んで泥酔してたら契約どころじゃなくるかもな」
「そのときは日にちを改めるしかないですね。時空操作師が何度も姿を見せる訳にはいきませんから」
「そうだな、今日でしっかり決めたいところだ」
静音は竜也の返事に頷く。これから始まる時空操作契約にも緊張するが、裏で糸を引いている沙也加の不気味さも常に感じている。そして、そんな仄暗く陰鬱とした世界に進むという選択をしたことが、本当に正しかったのかも同時に考えていた。