MAS-S~四角いソシオパス~
第十五話
『僕はずっっっっと、その事を悔やんでいたんです。なぜあんなゲームを引き受けたのか、なぜハイキングなんて行ったのか。何もかも……』
(う~ん、ちょっと可哀そうかも。三カ月間も無駄に辛い想いさせてるし)
『ふふっ、こんなこと言ったってしょうがないですよね。今更何を言っても沙也加は返ってこないんだから……』
(それが返ってきちゃうんだよね~)
『そうですか、なるほど。それはさぞかし悔しかったでしょう。もし、その時毅然としてゲームを拒絶していれば、奥さんは助かっていたのですから』
(おお、結構いい感じで喋るじゃない。特訓の成果が出てる!)
探偵事務所でのスパルタ演習を回顧し静音は感慨深げに頷く。
『しかし竜崎さん、貴方は運がいい』
『な、何が、僕のどこが運がいいって言うんだ! 馬鹿にしているのか!』
(予想通り! ここで一呼吸おいて切り出す!)
『いえいえ、馬鹿になんてしてませんよ。竜崎さんは、私と出会うことができたから、運がいいんですよ。なぜって顔をしてますね。なぜかと言いいますと、私『過去を変える力』を持っているからです』
(よし言った! やった!)
『過去を変えるって?』
『そうです。言葉通り、人の過去を変える事ができるんです』
『な、何を言うかと思えば、そんなこと出来る訳がないじゃないですか』
『それができるんです。本当に貴方は運がいい』
(いい調子いい調子。話に食いついてきてるよ~)
『そんな話、誰が信じるんだ! 酔ってると思ってからかうのはいい加減にしてくれ!』
(良い反応。で、ここでさらに一呼吸おいて切り出す!)
『信じる信じないは貴方の勝手ですが、どうせならダメモトで詳しい話を聞いてみるというのもアリだと思いませんか?』
竜也の言葉に明は沈黙し、考え込んでいる様が伝わる。
(お、考えてる考えてる。ここが勝負!)
『聞いてホラ話と思えば酒の席だと流せばいい。聞いてみてもし興味があるなら貴方の力になりましょう。どうです、聞きますか?』
(どうだ!)
しばらくの沈黙の後、明は答えを出す。
『聞くだけなら、一応聞きます……』
「ゲットー! 大当たり確定!」
ガッツポーズをすると、冷めた紅茶を飲み満足気に溜め息を吐く。
「こうなったらもうこっちのペース。まな板の鯉状態。どう料理するかはこっち次第。一時はどうなることかと思ったけど、案外上手くいったわね。まあ、それもこれも私の指導の賜物だけど」
ルンルン気分で静音は続きを聞く。
『分かりました。それでは説明しましょう。まあ、説明という程のことでもありませんけどね。おっと、そう言えばまだ自己紹介をしていませんでしたね。私、こういう者です』
(おっ、出したみたいね。私の作った時空操作師の名刺)
『時空操作師、久城新平(くじょうしんぺい)、さん?』
『はい、久城と申します』
『時空操作師というのは……』
『過去を変える職種。まあ私が勝手につけた名称ですからお気になさらず』
(我ながらネーミングセンスが光ってるわ~)
『はあ……』
『じゃあ竜崎さん、早速ですが時空操作について少々ルールをお伝えしましょう。まず一つ重要なことを、過去は一人一回だけしか変えられません。そして、変えてしまった過去の修正もできません。この点は十分ご留意下さい』
『はい』
『次に料金です』
『えっ! お金取るんですか?』
(当たり前じゃん)
『世の中ギブアンドテイク。タダで得られるものに価値などありませんよ』
『……、幾ら掛かるですか?』
『五千万円です』
『ご、五千万円!?』
(全部私のものになるんですけどね)
『まあ、人それぞれ価値観は違いますが、私としては破格だと思いますよ。それに、この時空操作はギャンブルや金儲けには使えない。言わば本当に苦しんでいる者にしか訪れないチャンスなんですよ』
『………五千万、仮に支払ったとして、もし過去が変わらなかったらどうするんですか?』
(いい質問ね。予想通りだけど)
『その点はご安心を。料金のお支払いは過去が変わったと竜崎さんが認識し、ご納得された時点で結構ですよ。ですから竜崎さんにデメリットは全くありません』
『五千万……』
(ふふ、考えてる考えてる。でも貴方の口座に保険金一億円が入っているのは知ってる。振り込むという選択しかない!)
明の返事を固唾を呑んで待っていると竜也がタイミング良く促す。
『時空操作、依頼されますか?』
『はい、お願いします!』
「はい確定~、作戦はほぼ成功。後は適当に流せばOK。局長でも余裕の仕事ね。これで一億円への夢が一歩進んだことに……」
静音はニヤニヤしながら成功を確信する。
『それではこれから時空操作にあたっての書類申請が必要となりますので、こちらの書類に記入をお願いします。質問があればお気軽に聞いて下さい』
「まあ何を聞いても答えられるくらいシミュレートしてますけどね」
時空操作契約書は当然のことながら儀礼的なものでしかない。要するにそれっぽくみせるための小道具にすぎない。だだし、内容に関しては契約や効果について制限を設けたりし、真実っぽく演出している。
当初は血判を用いる等、ディープな内容も検討されていたが、そこまでやると逆の意味で怪しくなり却下となった。
『これは事故の日を書けばいいんですか?』
「お、早速質問ですね。なんなりと聞いて下さい。局長に」
誰も見ていないことを良いことに、静音は余裕綽々で紅茶に口をつける。
『そうですね~、事故の当日より、そもそものハイキング計画自体を中止する操作をした方が無難だと思いますよ』
『確かに』
『一カ月後ということは、四月一日に効果が表れるんですか?』
(予想通りの質問ね)
『今日の日付でしたらそうなります。厳密に言うと、四月一日の午前零時から午後十一時五十九分五十九秒の間に奥さんが返ってくることになります』
『なるほど……』
記入する音が止まると明が話し掛ける。
『こんな感じでいいですか?』
『………ふむ。これでかまいませんよ。記入漏れもありませんし。念のため、もう一度確認しますか?』
『いえ、大丈夫です。しっかりと確認しましたし』
(別にしなくてもいいんだけどね)
「分かりました。それでは本日三月一日午後十一時五十五分を以て受付ました。責任をもって操作させて頂きます。先程も言いましたが、お支払いの方は効果が表れてからで構いません。振込み用紙は同時期に送らせて頂きますので宜しくお願いします。それと一つ言い忘れていましたが、効果が表れたのにも関わらず料金が一か月以内に支払われなかった場合、元の時間軸に強制変更されますのでご注意を」
(OK、契約さえ済めばさっさと帰ってくればいいのよ。どれどれ、ご褒美に紅茶でも容れてあげますかな)
小走りで助手席に乗り込んでくる竜也を静音は笑顔で迎える。
「局長、お疲れ様でした。紅茶どうぞ」
「おお、ありがとう。むっちゃ緊張したー! どうだった?」
「上出来です」
「だろ? いや~驚くほど上手くいったな」
(これをメイクミラクルと言うんでしょうね)
「さあ、早くこの場を去ろう。旦那さんに見つかったら面倒だからな」
「了解です!」
シフトをドライブに入れる静音は荒々しい運転をしつつその場を後にする。日付はちょうど三月二日に変わったところだった。