MAS-S~四角いソシオパス~
第十六話

 四月二日、月曜日、午後一時。久宝探偵事務所に沙也加が訪れる。その姿を確認すると静音は嬉しそうな顔をして出迎える。
「いらっしゃいませ、沙也加さん」
 竜也も同じように快く挨拶する。
「やあやあ、どうぞおかけになって」
「お久しぶりです。失礼します」
 沙也加は勧められた革張りの椅子に腰掛ける。竜也はその正面に座り、静音は飲み物を容れにいく。
「どうですか、新しい名前と旦那さんとの暮らしはどうですか?」
「問題ありませんよ。ご用意して頂きありがとうございました」
「そうですか、それは良かった。旦那さんもさぞ驚いたことでしょう。亡くなったはずの貴女が名前を変えて現れたんですから」
「ええ、ゾンビゾンビって揶揄されてます」
「はは、旦那さん意地悪だな~」
 大げさに笑っていると静音がお茶うけと共にやってくる。
「どうぞ」
「ありがとう、雨宮さん」
 親密さを隠すかのように敢えて『さん付け』で礼を言う。静音もそれを敏感に察する。カップの皿にはスプーンとスティックシュガーが添えられており、中身は沙也加の好物であるミルクティーだ。沙也加がそれを一口飲むのを確認すると竜也が口を開く。
「ところで、竜崎さん。報酬の件で私は旦那さんに直接会わなくていいですよね?」
「ええ、逆に会わない方がベストだと思います。魔法使いが何度も姿を現すのも変でしょう? それに久宝さんも保険金さえ手に入れば、できれば面倒事には携わりたくないのが本音じゃありません?」
「確かに。貴女はなんでもお見通しですね」
(ホント、この人は切れ者だ。誰かさんと違って)
「いえ、それより久宝さんと雨宮さんのは本当にお世話になりました。保険金も手に入りましたし、戸籍内容も申し分ないです。これらからは夫と楽しく暮らして行きます」
「何言ってるんですか。ギブアンドテイクですよ。お昼に振込みを確認しましたが、私共も多額の報酬が手に入ったんですから、言うことありませんよ」
(ホント、言うことないわ。全て私のものになったんだもの)
 竜也に頼まれて作った保険金受取口座とは別に、個人で作った同名社名口座の振込先を明の自宅へ届けたのが昨日。
 表向きは同じだが、口座番号は異なりそこまでちゃんとチェックしない竜也の性格は熟知していた。
内心笑いたくなるのを我慢しつつ話を聞いていると、竜也は思いついたように席を立ち引き出しから写真等を持ってくる。
「お待たせしました。今日はコレを取りに来たんですよね? 写真のデータが入ったSDカードです。中には画像データ以外に、貴女が安原生命で横領しているという告白文がテキストデータでありました。実はこのSDカードは匿名で届けられましてね。調査はしたんですが差出人はわからず終いでした」
「そうなんですか。でも、今となってはそれも無意味な物。竜崎沙也加は世間的に存在しないのですから」
「確かに、でも計画完了の折にはお渡しするお約束ですから。後、お借りしていた受信機もお返しします」
 竜也から差し出されると沙也加は素直に受け取りバッグにしまう。その様子を見ながら竜也は思いついたように口を開く。
「ああ、そう言えば竜崎さん知ってましたか? 貴女がハメて逮捕された鏡真里さんが自殺したそうですよ。数日前にニュースでやってましたから」
「いえ、初耳です」
「テレビで聞いた範囲になりますけど、首を吊っての自殺とか。何か思うところでもあったんですかね?」
「どうでしょうね。私には分かり兼ねます」
 静かに目を閉じる沙也加を見て静音は直観する。
(私の勘だと多分、鏡さんの自殺には沙也加さんが絡んでる。沙也加さんにとって彼女の存在は邪魔だから。でも、刑務所内では手の出しようがない。むしろ最初から殺害を目論んでいたのなら、横領の罪を被せて逮捕されるのはマイナスでしかない。そう考えると鏡さんの逮捕は沙也加さんにとって予想外だったってことに……)
 静音の思慮を知ってか知らずか竜也が突っ込んだ質問をする。
「それにしても、鏡さんは竜崎さんに恨まれるような何かをしたんですか?」
(おお、良い質問!)
「そうですね、彼女とはあることで多少の確執があったのは事実ですが、詳しいことは申し上げられませんが」
「やっぱり。しかし彼女は不運ですな。頭脳明晰な竜崎さんを敵にまわすなんて」
(全くだ。いろいろと引っ掛かる部分もあるけど、この人を敵にまわしてはいけない。彼女は捕食者なのだから)
「深くは聞きませんよ。私たちは報酬さえ手に入ればそれでいいのですから」
(その通り。正確には私たちじゃなくて私だけになんだけど) 
「それでは私はこの辺で失礼します。この度はお世話になりました」
 椅子から立ち上がりバッグを提げると、竜也に見えない角度で沙也加は静音にウインクする。
(あのウインク。また何か私に言いたい事があるんだ)
 疑問を抱きつつ沙也加の飲み終えたカップをさげていると、カップの下に小さく折りたたまれたメモに気がつく。すばやくメモをポケットにしまうとトイレで内容を確認する。
『今日の夕方五時、ブランチで』
(おそらく振り込んだお金の件と今後のことについてだと思うけど……、仕方ない、面倒だけど最後の詰めだと思って会うか)
 そう呟くと静音はメモをトイレに流しニヤリとした。

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