MAS-S~四角いソシオパス~
第十七話

 四月二日、午後五時、ブランチ。
(ふう~、なんか最近つまらないわね。ちょっと前まではあの不倫三人衆が来て楽しかったのに。こんなんじゃ仕事にハリがでないわ……)
 ブランチのウエイトレスこと早希は退屈で死にそうになっていた。店の書き入れ時は朝のモーニングと昼のランチの二回で、ちょうどこの時間帯は暇の極みとなっているのだ。
 唯一の客と言えばたった一杯のオレンジジュースで、二時間近く粘って本を読んでいる奇特な男性のみとなっている。
(ここは漫画喫茶じゃないんだよ! 帰れ! この暇人が!)
 と、早希は五分に一回は心の中で叫んでいた。すると、カランカランという心地よい音と共に新たな客が入って来た。
「いらっしゃいませ~」
 その綺麗な女性を見た瞬間、早希の身体に電撃が走る。
(キター!)
 早希の中では確立されている、不倫された妻こと沙也加が現れたのだ。窓際のテーブルに座ったのを確認すると注文を受けに向かう。
(なになに? どういう心境の変化なの? いつもと違う席に座っちゃって。これってもしかして離婚とかの話が上手く纏まったとか? ちぇ、つまらない。もっとこう泥沼のような不倫劇を期待してたのに……)
 少々がっかりしつつも表面上はそんな素振りは見せない。
「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりですか?」
「ミルクティーを」
「かしこまりました」
 最高のスマイルで後にするが、心の中ではとんでもない想像が繰り広げられている。
(一体いくらの慰謝料を貰ったのかしら? 一億とかなんとか言ってたから最低でも半額の五千万くらいは貰ってるよね? キイー!! 羨ましい! その上、美人だなんてもう世の中は不公平だ! こちとら自給八百円だっつーの!)
 その場で暴れたいくらいの衝動に駆られるも、我慢しつつキッチンへと向かって行った。五分後、再び来店を告げる鐘が鳴り響く。
「いらっしゃいませ~」
 早希の中では確立されている、不倫していた小娘こと静音が現れる。
(キター! もしや殴り込み!? 刃傷沙汰? 白昼堂々と刺殺! これは事件! 事件の香りがする! ヤッバーイ! でも面白くなってきた~)
 静音は入って来るなり店内を見廻し、早希を見て、男を見て、最後に沙也加を見つける。
「お待たせしました! すぐそこで変な宗教に勧誘されそうになってて……」
 弁明しつつ席に座ると沙也加は穏やかに迎える。
「いいのよ、相変わらず元気ハツラツね」
「元気が取り柄みたいなもんですからね」
 そのニコニコしているその姿から沙也加は背景を理解する。
「その様子だと口座は確認したみたいね」
「はい、なんか0がとんでもないことになってました」
「そう、でも当然の報酬と思っていいのよ。ちゃんと約束通りやることやったんだもの」
「いえいえ、大した事ありませんよ」
 穏やかに話す二人を見て早希は蒼然とする。
(えっ!? 何? 何? 何で仲良くお喋りなんてしちゃってんのよ。ホラ、サクッと刺しなさいよ、サクッと!)
 勿論おくびにも出さず注文を聞く。
「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりですか?」
「オレンジジュースをお願いします」
「かしこまりました」
(う~ん、何で仲が良いんだろう? はっ!! もしや妻と愛人が結託して夫を殺害!? そして、夫の保険金を山分け! そうね! そう言う事なのね? OKOK、これで謎は全て解けた。ふふふ……、流石は名探偵早希、真実はいつも一つ……)
 なんてことを考えながら早希は再びキッチンに向かう。去って行くのを見てから沙也加は切り出す。
「今気づいたんだけど、静音ちゃんってオレンジジュース好きね」
「えっ!? あ、まあ、そうですね。ある人の影響ですかね。ダイエットにもいいですし」
「そう、とにかくここは一つ乾杯といきましょうか」
「ミルクティーとオレンジジュースでですか?」
「いいじゃない、お互いの勝利を祝うものなんだもの。お互いに好きな飲み物の方がいいと思うわ」
「それもそうですね」
 他愛ない会話をしながらオレンジジュースの到着を待ち、早希によって運ばれてくるとカップのふちを軽く合わせて乾杯する。
(ほ~らやっぱり! 勝利の乾杯ってやつね。やれやれ、あんな顔して悪女とは。世の中怖いね~)
 溜め息を吐きながら早希は二人を観察し続ける。
「でも、本当に良かったんですか? 保険金の全てを私にくれるなんて」
「ええ、勿論。私は私の目的を達成できたし、こうやって新しい戸籍で新しい人生を彼と歩めるのだもの、それで十分。だから気にしなくていいのよ」
 静音は黙って聞いていたがおもむろに切り出す。
「一つ、聞きたいことがあるんです。どうしても気になってて」
「何?」
「鏡真里さんが亡くなった原因ってやっぱり……」
 じっと見つめてくる静音を見て沙也加は観念したように溜め息を吐く。
「そうよ、静音ちゃんのご想像通り。真里を追い込んだのは私。戸籍屋を通じて親族の戸籍を乗っ取って面会に行ったのよ」――――


――三月七日、水曜日、市原刑務所。
 面会室に座る沙也加を見た真里は驚愕の表情を見せる。妹が会いに来ていると聞いていたこと以外に、ニュースで事故死したはずの沙也加がそこに居たからだ。
 扉の前で固まっていた真里だが、不敵な笑みを浮かべる沙也加に敵対心を覚え足を前に進めた。真里が椅子に座ると、奥に座る刑務官を一瞥してから沙也加は話を切り出す。
「お久しぶり。真里、お姉ちゃん」
「ホント、久しぶり。半年以上になるわね」
 刑務官が会話内容を記していることを熟知しており、真里も会話を成立させるためそれに同調する。
「思ってたより元気そうで安心したわ」
 嫌味としか取れない言葉に真里は厳しい顔つきになる。
「どういうつもり? わざわざ刑務刊くんだりまでして嫌味を言いにきた?」
「まさか、苦労してここまで来て、そんなことを言うためになんて来ない。こう見えて結構忙しいし」
「じゃあ要件だけ言って」
「私、明さんとの子供を妊娠したの」
 その言葉で真里は瞬時に固まる。沙也加はニヤニヤしながら話を続ける。
「このまま行けば九月くらいには出産からしら。初めての経験だし今からちょっと不安なのよね~」
「要件は、それだけ?」
 明を取られたと知った真里の動揺は容易に見て取れる。
「それと、貴女の財産も私が管理することになったから」
「ちょっと、どういう事?」
「あら、いいの? この場で詳しい話をして?」
 財産が横領金であることは明確であり、その隠し場所は真里ともう一人の人物しか知らない秘密だった。
「噛み砕いた説明がいるかしら? つまり、明さんは私を選んだ、ということよ」
 唇を噛む真里を見て沙也加はニヤリと笑いトドメを刺しにかかる。
「貴女も哀れな女よね。横領金も彼氏も奪われて何も残らない。彼のためにせっせと罪を重ね、彼のために罪を被って、全てを私に奪われる。貴女の人生は私に捕食されるためにだけあったのよ。鏡真里」
 沙也加の言葉に真里は勢いよく席を立つ。
「刑務官! この人犯罪者です! 私の妹でもなんでもない赤の他人です! 早く捕まえて!」
 真里の突然の行動に、刑務官は驚きの表情を見せる。
「お姉ちゃん、どうしたの? 彼氏に捨てられたのがそんなにショックなの?」
「お姉ちゃんじゃない! こいつは松本沙也加! 私の同僚で横領金を着服してる!」
「お姉ちゃん、どうしたの? 誰なのその人?」
「沙也加! アンタってヤツはどこまで腐ってんだ!」
 アクリル板を叩く真里を見て刑務官は慌てて制止する。
「放して! 捕まるべきはこの女なんだ!」
「お姉ちゃん、馴れない刑務所生活で精神的に病んでるのね。可哀そう~」
 笑いを堪えながら言い放つ沙也加に、真里は完全にキレて大暴れする。刑務官数人により強制的に面会室から連れ出されると、沙也加は声をあげて笑っていた。


< 17 / 18 >

この作品をシェア

pagetop