MAS-S~四角いソシオパス~
第三話

 十二月二十三日、土曜日、緑荒山入口。準備万全の状態で明と沙也加は並ぶ。
「良かったわね、今日は絶好のハイキング日和だわ」
「そうだね、十二月にしては寒くないし」
「よし! ではでは、山頂めざしてレッツゴー!」
 沙也加は右腕を高々と上げ歩き始めるも、明がすぐに引き止める。
「あのさ、沙也加。一ついい?」
「ん、何?」
「そっち、トイレだよ?」
「…………」
 十分後、自然の景色と清々しい空気を満喫しながら二人は歩く。今日はハイキング客も少なく、すれ違う人もほとんどいない。
「ホント、清々しい空気よね。都会とは全然違うわ」
「そうだね、マイナスイオンが充満してるのを実感するよ。たまにはこういうアウトドアな休日もいいもんだな」
「でしょう~! やっぱりハイキングに来て大正解!」
「だな。ん?」
 沙也加に返事をしつつ明は辺りを見廻す。
「どうかした?」
「いや。何か背後に気配を感じたんだ。気のせいかもしれないけど」
「もしかして、幽霊とか? もしくは伝説のツチノコ!?」
「いやいや、真っ昼間から幽霊は出ないだろうし、ツチノコって本当に居るのか? まあ、気のせいだろ……って、危ない!」
 歩きながら明をみていたせいか、沙也加は隆起した木の根っこに気づかずに派手に転倒してしまう。
「沙也加! 大丈夫か!?」
「ん、大丈夫。ちょっと手の甲を擦りむいちゃったけど」
「おいおい、でも血が出てるぞ?」
「平気よ、こんな傷はこうやって、っと」
 ポケットから取り出したピンク色のバンダナを左手に巻きつけると明に見せる。
「ホラこの通り」
「全く……、あまり無理するなよ」
 明の優しい言葉に沙也加は笑顔で返す。さらに十分後、山道に立つ木製のマップを前に二人は呆然とする。
「信じられない。ここがスタートなの?」
「みたいだね、今までのはただの道らしい」
 顔を見合わせると同時に噴き出す。
「ま、いいじゃない。お楽しみはこれからよ」
「そうだな」
「それよりこれ見て。このマップによると、ハイキングコースって全部で三つあるみたい」
 雨風でボロボロになったであろう緑荒山マップを並んで確認する。

・Aコース 急斜面で短いコース
・Bコース 平坦で長いコース
・Cコース スタンダードなコース

「なるほど、変わってるな。テレビでやってたのはどれだっけか?」
「確か普通のCコースだったと思う」
「そっか、じゃあ無難にCコースにする?」
「そうね、う~ん……、あっ! そうだ!」
 目を輝かして沙也加は切り出す。
「お互いに違うコースを選んで頂上を目指すの。で、先にゴールした方が勝ち、ってゲームしない?」
「ゲームねえ、で、勝ったら何か良いことあるのか?」
「特にないけど、負けたら明さんの来月のお小遣が半額キャンペーンになります」
「なんでやねん」
「じゃあコースを選んで、A以外で」
「なんでAが除外されてるんだよ」
「私が有利になるためです」
「なりふり構わず半額キャンペーンを敢行したい訳だな」
「はい、じゃあゲームスタート!」
 明のクレームを完全に無視して沙也加はAコースを登って行く。マップの前に取り残された明はその後ろ姿を唖然として見ていた――――


――五時間後、明は捜索隊の返事を聞き立ち尽くす。
「捜索は明日以降も継続して行いますが、現場の状況からして転落の可能性も……」
「な、何で、何で! ちゃんと警告しとかなかったんだ!」
「すみません、数日前まではちゃんとマップのところに立入禁止の札を掲げてあったんですけど……」
「すみませんで済むか! 謝って貰っても沙也加は、沙也加は……」
 救助隊の話によると緑荒山は先週の大雨で地盤が緩くなり、土砂崩れが起きやすい状態になっていた。特にAコースは急斜面多いため影響を強く受けていたのだ。
 いくら待っても山頂に現れない沙也加を心配し、Aコースを上から降りている最中土砂崩れの現場に遭遇した。その範囲は相当広く、五十メーター下の川まで流れ落ちている。その凄まじい光景に救助隊も手が出せず、ただ呆然と立ち尽くすしかない。
「こんなことになるなら、あんなゲームやるんじゃなかった……」
 すぐ側にある折れた木の枝には、見覚えあるピンク色のバンダナが引っかかっていた。

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