MAS-S~四角いソシオパス~
第四話

 再び、三月一日、木曜日、『白夢』。
「僕はずっっっっと、その事を悔やんでいたんです。なぜあんなゲームを引き受けたのか、なぜハイキングなんて行ったのか。何もかも……」
 明は相変わらず酔っており、健介も怪しい男も黙って話を聞いている。
「ふふっ、こんなこと言ったってしょうがないですよね。今更何を言っても沙也加は返ってこないんだから……」
 悲痛な顔をして過去を話す明を見ていた男はグラスを傾け口を開く。
「そうですか、なるほど。それはさぞかし悔しかったでしょう。もし、その時毅然としてゲームを拒絶していれば、奥さんは助かっていたのですから」
 当然と思われる言葉の後、男は驚くべき発言を始める。
「しかし竜崎さん、貴方は運がいい」
 予想外なセリフに明と健介は同時に男を見る。
「な、何が、僕のどこが運がいいって言うんだ! 馬鹿にしているのか!」
 明は顔を真っ赤にして言い放ち、健介は仲裁に入るかどうか窺う。
「いえいえ、馬鹿になんてしてませんよ。竜崎さんは、私と出会うことができたから、運がいいんですよ。なぜって顔をしてますね。なぜかと言いいますと、私『過去を変える力』を持っているからです」
 男の信じられない発言に明は固まるが、何とか言葉を返す。
「過去を変えるって?」
「そうです。言葉通り、人の過去を変える事ができるんです」
「な、何を言うかと思えば、そんなこと出来る訳がないじゃないですか」
 半笑いながら明は動揺を隠しつつ切り返す。
「それができるんです。本当に貴方は運がいい」
 男は全く嘘を言っているような感じもなく淡々と語りながらグラスを傾ける。
「そんな話、誰が信じるんだ! 酔ってると思ってからかうのはいい加減にしてくれ!」
 明はとうとう席を立ち上がりカウンターを力強く叩く。当然ながら健介はさっと動き、明の背後に詰め寄る。男は明を一瞥するとニヤリとする。
「信じる信じないは貴方の勝手ですが、どうせならダメモトで詳しい話を聞いてみるというのもアリだと思いませんか?」
 この言葉を受けて明は黙ったまま思案している。男はその心境を察し後押しする。
「聞いてホラ話と思えば酒の席だと流せばいい。聞いてみてもし興味があるなら貴方の力になりましょう。どうです、聞きますか?」
 明は少し考えた後に答える。
「聞くだけなら、一応聞きます……」
「分かりました。それでは説明しましょう。まあ、説明という程のことでもありませんけどね」
 男は相変わらず穏やかな表情で話す。明は落ち着き席に座り、真剣に男を見ている。健介も明の様子を確認するとカウンターの中に戻り話に耳を傾ける。
「おっと、そう言えばまだ自己紹介をしていませんでしたね。私、こういう者です」
 内ポケットの名刺入れから取り出された名を明は読む。
「時空操作師、久城新平(くじょうしんぺい)、さん?」
「はい、久城と申します」
「時空操作師というのは……」
「過去を変える職種。まあ私が勝手につけた名称ですからお気になさらず」
「はあ……」
「じゃあ竜崎さん、早速ですが時空操作について少々ルールをお伝えしましょう。まず一つ重要なことを、過去は一人一回だけしか変えられません。そして、変えてしまった過去の修正もできません。この点は十分ご留意下さい」
「はい」
「次に料金です」
「えっ! お金取るんですか?」
「世の中ギブアンドテイク。タダで得られるものに価値などありませんよ」
「……幾ら掛かるですか?」
 一呼吸おいて新平は答える。
「五千万円です」
「ご、五千万円!?」
 明の声に健介は驚き拭いていたグラスを落としそうになる。
「まあ、人それぞれ価値観は違いますが、私としては破格だと思いますよ。それに、この時空操作はギャンブルや金儲けには使えない。言わば本当に苦しんでいる者にしか訪れないチャンスなんですよ」
「……五千万、仮に支払ったとして、もし過去が変わらなかったらどうするんですか?」
「その点はご安心を。料金のお支払いは過去が変わったと竜崎さんが認識し、ご納得された時点で結構ですよ。ですから竜崎さんにデメリットは全くありません」
 久城は終始笑顔で話し続ける。健介のグラスを拭く手は完全に止まり、固まったまま新平を見つめる。
「五千万………」
 一言呟くと明は考え込む。酔いは完全に醒めている。常識的に考えるとあり得ない提案だが、デメリットがないと知ると俄然前向きに捉え始める。明はしばらく考え込み、さっと顔を上げる。そのタイミングを図ったように新平が問う。
「時空操作、依頼されますか?」
「はい、お願いします!」


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