MAS-S~四角いソシオパス~
第六話

 三月八日、木曜日。明は自宅でただじっとしている。先週『白夢』で新平と別れてからちょうど一週間。沙也加を亡くし会社を辞めてから昼は睡眠、夜は飲み歩くという自堕落な生活を繰り返していた。
 しかし、先週の件以来、ピッタリと夜遊びを止め、家でひっそりと暮らしている。沙也加が帰って来るかもしれないと思うと、外で遊ぶ気にもなれない。食事は全て近くのコンビニで済まし、一日中家でテレビを見る毎日を送っていた。
『こんにちは! 突撃特ダネコーナー! 司会のウッシーです!』
 午後二時、ワイドショーの人気コーナーが始まる。明は最近この時間帯のテレビ番組を見るようになっていた。裏番組の刑事物のドラマや時代劇よりも、バラエティー色が強く見てて飽きないということが一因にある。
 しかし、本来の目的は地方で起こった事件や事故をチェックし、時空操作師の噂の一つでも出たりしないかを見ていた。
 芸能人のゴシップや最先端のファッション等、番組内では様々な情報が流れる。そんな中でも、明が一番気に入ったコーナーは、オジサンかオバサンか分からないような人物が、街行く素人をファッションチェックするコーナーだ。よくもこれだけ他人の欠点を突けるもんだといつも感心する。
『さて、続いてはこちら! 去年の夏に起きた保険金詐欺事件の受刑者が自殺』
「えっ、これってまさか……」
 明はビックリしつつ画面を注視する。司会のウッシーがパネルを叩くと、見覚えある顔が映し出される。
『当時安原生命に勤め業務上横領の罪で服役していた鏡真里受刑者が先日、刑務所内で自殺しているところを発見されました。首を吊っての自殺と断定され、刑務所内の管理体制について……』
 沙也加に続き、元恋人であった真里までもが亡くなり、明の胸の内はざわざわと落ち着きのないものとなっていた――――


――四月一日、日曜日、午前零時。待ちに待った約束の日が来る。時空操作師久城新平の話が事実ならば今日中に沙也加が自宅に帰って来るはずだ。明は日付変更と共にそわそわし落ち着きがない。自宅で待つしかないのは分かっているが、やはり緊張してしまう。
 新平が言っていたように、正確に現れる時間は分からない。ただ、これからの二十四時間以内に現れることを信じ、一睡もせず待つしかない。
 正午、一向に帰って来る気配はない。明の住んでいる家賃八万円の一軒家は、築五年とまだ新しく内装もかなり綺麗な方だ。さらには交通の便も良く、半径一キロ以内に大型ショッピングモールもあり、買い物にも事欠かない。
 日曜日には必ずと言っていいほど二人で買い物に行っており、そんな楽しかった日々がまた訪れるかもしれないという瀬戸際に立っていた。

 午後十一時、約束のタイムリミットが一時間を切り、テレビは点いているものの気もそぞろで幾度となく時計をチェックする。常識的に考えれば、時空操作師久城新平が嘘を吐いている可能性が高く、そんなに期待もせず一日を送っていたに違いない。単純に酔っ払いをからかっただけで、本当に時空操作なんてできやしない、そう考えるのが自然だ。
 しかし、テーブルの上に置かれた振込み用紙の金額とその名義人を見て、本格的に事が進んでいるのだという思いも湧いてくる。新平が去り際に言った通り、五千万円の振込み用紙が届いたのは昨日。後は沙也加が戻ってくるのを待つのみだ。
 リビングのソファに座り、振込み用紙をじっと見つめていると、不意に玄関のドアの開く音がする。勿論鍵はかけていたが、本物の沙也加ならばポストの裏にある合鍵で入ってくるだろうと踏んでいた。リビングのドアが少しずつ開くとその姿があらわになっていく。目が合うと相手の方から口を開く。
「ただいま、明さん」
 そこには死んだはずの沙也加が微笑んでおり、十二月十七日の朝と同様の姿で立っている。
「おかえり、沙也加……」
 明はゆっくり側に寄ると、正面から力強く沙也加を抱きしめた。

 翌日、代金の振込みを終えて明が銀行から出てくる。入り口で待っていた沙也加は明の姿を見つけると笑顔で出迎える。
「お帰りなさい。お疲れ様でした」
「お待たせ。悪かったね、金額が金額なだけにちょっと時間が掛かった」
「そうみたいね」
「ところで、身体の方は大丈夫か? あまりムリするなよ?」
「ありがとう、たくさん心配かけさせちゃったわね」
「いいさ、沙也加が元気でさえ居てくれたら。でも、これからはいろいろと大変になりそうだな」
「そうね、なんせ私は世間的に死んでる人間だし。言わばゾンビよね」
 沙也加の冗談交じりなセリフに笑い合う。
「まあそれはさておき、これからが僕たちのスタートだ。これからもよろしくな、沙也加」
「ええ、分かっているわ、明さん」
 二人は見詰め合った後、仲良く手を繋いで駅の方へと歩みを進める。よく見ると沙也加の左手の甲には深い擦り傷の痕が残っていた。

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