栄光よ明日へ
2
初めて見た瞬間から親近感を覚えたのは何でだろう。その男は、伝説のロックバンドのボーカル、ジャン・ダンテに似ていた。顔や服装、髪型、ピアスの数も。彼は、私の方を見つめていた。私は一瞬、どきりと心臓の鼓動が跳ねた。
「せっかく、いい所だったのに邪魔しやがってよ」
金髪男は愚痴を垂らしながら、大人しく引き下がった。彼の容姿に半ば、臆病風に吹かれたのだろう。ここでは、半端な喧嘩はしない方が懸命だから、彼の行いは正しい。
私は、助けてくれた彼に礼を言った。
「ありがとう。助けてくれて」
「で、何?君ってレズビアンなの?」
唐突に、彼は尋ねた。私も特に否定せずにありのままを打ち明けた。
「まあね。恋人もいる。もう、白けたし帰るよ」
「もう帰るのか?一緒に面白い事しないか?」
ジャン・ダンテに似てる男は、私の歩く道を塞ぎながら言った。
「面白いこと?悪いけど、他としなよ」
私は、道を塞ぐ彼の胸をどついた。すると、彼は大げさに痛がって見せた。
「驚いた。力強いんだね。じゃあ、俺の名前だけ聞いていってよ」
「名前だけなら、別にいいよ。言ったら素直に退いてくれる?」
「もちろん。俺の名前は、ジャン・ダンテ」
私は彼の発言に、思わず顔を眺めた。すると、彼は約束通り大きく道を開けて私へ差し出してくれた。しかし、私は一歩も動かずに彼をずっと見つめていた。
「どうしたんだ?開けたぜ」
「嘘つき」
「何が」
「名前だよ。何?アンタ、コスプレでもしてるわけ?」
「いや、本名だよ。たまたま、あのロックバンドのジャン・ダンテとね」
「彼は死んだ」
「勿論俺は本人じゃない。死んだ彼のファンさ」
「ああ、そう。だから、そんなコスプレしてるんだね」
私は、ジャン・ダンテとそっくりな彼、自称ジャン・ダンテの格好を上から下まで眺めた。ふくらはぎまでの黒のベルト付きのレザーブーツ。私もジャン・ダンテとお揃いのを持ってるから、どこのブランドのものかすぐに分かる。
「だから親近感湧いたんだ。アンタのジャケット、ジャンとお揃いのだね。ほら、私も」
言いながら、彼に向かって黒い皮のジャケットを広げて見せた。
「本当だ。君もジャン・ダンテのファン?」
「うん。彼が死んだ時は、一晩中泣いた」
「そうと知ったら、もっと君と話したくなった。って、まだ君は俺と話したくないか……」
彼が、顎に手を当てて悩むように首を傾げるものだから、私は思わず吹き出した。
「いいよ。どうせ帰っても何もないし。その代わり、5時までには店に出ないと怖い人達がもっと来るよ」
「了解。それじゃあ、あっちの席に座ろう」
彼は奥の席を指さした。私は頷いて、カウンターで再び新しい酒を頼むことにした。
「そう言えば、君の名前は何て呼べばいい?」
「アンって呼んで」
私は、ジャン・ダンテに改めて名前を言った。
3
ジャンと名乗る男は、見た目はジャン・ダンテその人だったが、性格は見るからに無遠慮で、当たり障りのない言葉を吐き、あの繊細で孤高なロックシンガーとは到底かけ離れていた。
「レズビアンって聞いたけど、彼女は?」
「いるよ」
「なら、彼氏は?」
と、ジャン・ダンテは前のめりになりながら質問する。
「いたけど、ずっと昔」
「じゃあ、ティーンエイジャーの時?」
「いや、幼稚園の頃だよ」
「驚いた。じゃあ、初めてのセックスは女の子とやったのか?」
「まあね。ちゃんとしたセックスは。アンタはどうなの?」
何の気もない質問返しをして、私はダンテの方をちら見した。
「俺は昨日かな」
「昨日やって、今日私とやるつもり?」
「ああ、そうさ」
全く否定する気もない様子で堂々と笑みを浮かべているダンテに、私は呆れてしまった。
「言っとくけど、興味ない男とはやらない主義」
「じゃあ、君の恋人と3Pは?きっと、楽しいぜ」
ジャン・ダンテは、とても面白そうにはしゃいだ。私は席を立った。新しい酒を取りに行こうとしてだったが、ダンテは私が帰るのかと思ったらしく、一緒に立ち上がった。
「そうしたいから、ここに来たんだろ?少なくとも俺はそうだ。何ていうか。ただ、寂しい。君は?恋人がいるから幸せか。少なくとも、俺よりは」
ダンテの顔に、突然悲しみの色が差した。私は何て言い返せばいいか、わからずにその顔を眺めていた。ようやく、口を開いて私は呟いた。
「私も、幸せじゃない」
ダンテは、私の顔を見つめた。私も同じようにダンテを見つめた。そうしてると、私は何となく癒された。
「飲み直さないか?」
そうダンテは提案した。私もその意見に頷いて、ふと時計の方に視線をやった。もうそろそろで17時になるところだった。
「いいよ。そろそろ夜の部が始まるしね。けど、飲むったって、この辺どこも一緒だよ。音がうるさくてもいいなら話は別だけど」
「じゃあ、君ん家は?」
ダンテは、私の目をずっと見つめたままだった。その眼差しの底にあるものは私には理解していた。そして、私はこの男にやらせてもいいと思った。
「すごく散らかってるし。落ちつかないよ」
「酔ったらどこも一緒さ」
「アンタが構わないなら」
「よし、決まり」
店を出るベルの音がして、また寒風が頬を叩く。だけど、今は一人じゃない。
「せっかく、いい所だったのに邪魔しやがってよ」
金髪男は愚痴を垂らしながら、大人しく引き下がった。彼の容姿に半ば、臆病風に吹かれたのだろう。ここでは、半端な喧嘩はしない方が懸命だから、彼の行いは正しい。
私は、助けてくれた彼に礼を言った。
「ありがとう。助けてくれて」
「で、何?君ってレズビアンなの?」
唐突に、彼は尋ねた。私も特に否定せずにありのままを打ち明けた。
「まあね。恋人もいる。もう、白けたし帰るよ」
「もう帰るのか?一緒に面白い事しないか?」
ジャン・ダンテに似てる男は、私の歩く道を塞ぎながら言った。
「面白いこと?悪いけど、他としなよ」
私は、道を塞ぐ彼の胸をどついた。すると、彼は大げさに痛がって見せた。
「驚いた。力強いんだね。じゃあ、俺の名前だけ聞いていってよ」
「名前だけなら、別にいいよ。言ったら素直に退いてくれる?」
「もちろん。俺の名前は、ジャン・ダンテ」
私は彼の発言に、思わず顔を眺めた。すると、彼は約束通り大きく道を開けて私へ差し出してくれた。しかし、私は一歩も動かずに彼をずっと見つめていた。
「どうしたんだ?開けたぜ」
「嘘つき」
「何が」
「名前だよ。何?アンタ、コスプレでもしてるわけ?」
「いや、本名だよ。たまたま、あのロックバンドのジャン・ダンテとね」
「彼は死んだ」
「勿論俺は本人じゃない。死んだ彼のファンさ」
「ああ、そう。だから、そんなコスプレしてるんだね」
私は、ジャン・ダンテとそっくりな彼、自称ジャン・ダンテの格好を上から下まで眺めた。ふくらはぎまでの黒のベルト付きのレザーブーツ。私もジャン・ダンテとお揃いのを持ってるから、どこのブランドのものかすぐに分かる。
「だから親近感湧いたんだ。アンタのジャケット、ジャンとお揃いのだね。ほら、私も」
言いながら、彼に向かって黒い皮のジャケットを広げて見せた。
「本当だ。君もジャン・ダンテのファン?」
「うん。彼が死んだ時は、一晩中泣いた」
「そうと知ったら、もっと君と話したくなった。って、まだ君は俺と話したくないか……」
彼が、顎に手を当てて悩むように首を傾げるものだから、私は思わず吹き出した。
「いいよ。どうせ帰っても何もないし。その代わり、5時までには店に出ないと怖い人達がもっと来るよ」
「了解。それじゃあ、あっちの席に座ろう」
彼は奥の席を指さした。私は頷いて、カウンターで再び新しい酒を頼むことにした。
「そう言えば、君の名前は何て呼べばいい?」
「アンって呼んで」
私は、ジャン・ダンテに改めて名前を言った。
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ジャンと名乗る男は、見た目はジャン・ダンテその人だったが、性格は見るからに無遠慮で、当たり障りのない言葉を吐き、あの繊細で孤高なロックシンガーとは到底かけ離れていた。
「レズビアンって聞いたけど、彼女は?」
「いるよ」
「なら、彼氏は?」
と、ジャン・ダンテは前のめりになりながら質問する。
「いたけど、ずっと昔」
「じゃあ、ティーンエイジャーの時?」
「いや、幼稚園の頃だよ」
「驚いた。じゃあ、初めてのセックスは女の子とやったのか?」
「まあね。ちゃんとしたセックスは。アンタはどうなの?」
何の気もない質問返しをして、私はダンテの方をちら見した。
「俺は昨日かな」
「昨日やって、今日私とやるつもり?」
「ああ、そうさ」
全く否定する気もない様子で堂々と笑みを浮かべているダンテに、私は呆れてしまった。
「言っとくけど、興味ない男とはやらない主義」
「じゃあ、君の恋人と3Pは?きっと、楽しいぜ」
ジャン・ダンテは、とても面白そうにはしゃいだ。私は席を立った。新しい酒を取りに行こうとしてだったが、ダンテは私が帰るのかと思ったらしく、一緒に立ち上がった。
「そうしたいから、ここに来たんだろ?少なくとも俺はそうだ。何ていうか。ただ、寂しい。君は?恋人がいるから幸せか。少なくとも、俺よりは」
ダンテの顔に、突然悲しみの色が差した。私は何て言い返せばいいか、わからずにその顔を眺めていた。ようやく、口を開いて私は呟いた。
「私も、幸せじゃない」
ダンテは、私の顔を見つめた。私も同じようにダンテを見つめた。そうしてると、私は何となく癒された。
「飲み直さないか?」
そうダンテは提案した。私もその意見に頷いて、ふと時計の方に視線をやった。もうそろそろで17時になるところだった。
「いいよ。そろそろ夜の部が始まるしね。けど、飲むったって、この辺どこも一緒だよ。音がうるさくてもいいなら話は別だけど」
「じゃあ、君ん家は?」
ダンテは、私の目をずっと見つめたままだった。その眼差しの底にあるものは私には理解していた。そして、私はこの男にやらせてもいいと思った。
「すごく散らかってるし。落ちつかないよ」
「酔ったらどこも一緒さ」
「アンタが構わないなら」
「よし、決まり」
店を出るベルの音がして、また寒風が頬を叩く。だけど、今は一人じゃない。