クールな次期社長の甘い密約
顔を上げた倉田さんが首を振り「悪いのは私です」と言ってくれたけど、私は心の中で自分を責めていた。
「専務とは、どうするつもりですか?」
倉田さんの問い掛けに気持ちが激しく揺れ、すぐには決断出来なかった。
利用されていたと分かった今でも、専務を好きだという気持ちが消えたワケじゃない。だって初恋だったから。それに専務は、私の初めての人。そんな簡単に嫌いにはなれない。
「……分かりません。今はまだ頭が混乱して何も考えられなくて……」
「そうですか。アナタを騙していた私がこんな事を言うのはおかしいかもしれませんが、どうか自分の幸せを一番に考えて決断して下さい」
私の幸せ……か、このまま何も知らないフリをして専務と結婚するか、キッパリ別れるか、どっちが幸せかなんて分からない。ただ、一つだけ分かっているのは、どちらを選んだとしても辛いという事。
倉田さんが立ちあがり、私に手を差し出してくるが、その手を握る事は出来なかった。でも……
「……帰ります」
神妙な顔で手を引っ込めた倉田さんが玄関の方に歩いて行くのを見て、堪らずその大きな背中に向かって叫んでいた。
「専務は、私をこれっぽっちも好きじゃないんでしょうか?」
居の期に及んで、まだ未練タラタラな事を言う私に倉田さんは呆れていたかもしれない。でも、聞かずにはいられなかった。
「そんな事はないと思います。好意は持っているでしょう」
「そうなんですか?」
「しかし、社長の件を抜きにして、純粋にアナタを好きがどうか……それは、私にも分かりません」