クールな次期社長の甘い密約

私を含め大沢家としては、結婚は早くても来年だろうと思っていた。けれど、専務にどうしてもと押し切られてしまったんだ。


専務が結婚を急ぐ理由……それは、会長が元気なうちに式を挙げたいから……だった。


「祖父は自分達の結婚式を楽しみにしているんです。しかし、祖父も年ですからね。いつどうなるか分かりません。勝手を言って申し訳ないのですが、十一月に式を挙げるという事でお願いします」


恩がある専務に頭を下げられたら私達家族は何も言えない。でも、会長の為に結婚を急かす専務を見ているとやっぱり私は利用されてるんじゃないかと勘ぐってしまう。


うぅん、違う。専務はそんな人じゃない。彼を信じなきゃダメ。


呪文を唱える様に何度も心の中で呟き、必死で疑惑を打ち消す。


それから二時間ほど父親と専務は機嫌よくお酒を飲み交わし、仲良く酔い潰れてしまった。


私と専務は二階で寝るはずだったけど、泥酔して眠り込んでしまった専務を二階まで連れては行けない。仕方なく、隣の座敷に布団を敷いてそこで寝てもらう事にした。


専務と父親を布団に寝かし終え、食事の後片付けをしていると手を止めた母親が深く長い息を吐く。


「お父さん、貴志君には一生、頭が上がらないわね」


そのその言葉を聞き、ある疑問が頭を掠めた――……


「ねぇ、お母さんが東京の実家にお金を借りに来て断られた時、どうして津島物産の会長を頼らなかったの? お母さんが頼めば、会長は喜んでお金を貸してくれたと思うよ」

「……でしょうね。でも、私の亡くなった父親の顔がチラついて会長さんを頼る事が出来なかったのよ」

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