クールな次期社長の甘い密約
立ち止まった専務が振り返り、怖い顔をして倉田さんを睨む。
「こんな時に熱だと? 何やってんだ!」
専務の怒鳴り声を聞き、倉田さんが立ち上がろうとするが、フラ付いて膝から崩れ落ちる。それでも倉田さんは階段の手すりに捕まり必死で立ち上がろうとしていた。
「……大丈夫です。すぐに車を出します」
倉田さんの気持ちは分かるが、こんな状態の彼を行かせるワケにはいかない。
「専務、倉田さんに運転は無理です」
倉田さんの体を支え訴えると専務が舌打ちをして再び怒鳴る。
「ったく、使えない男だな! もういい。電車で帰る」
しかし、倉田さんは自分が運転して帰ると言って譲らない。そして、やっと立ち上がり、ヨロヨロと歩き出した時だった。専務が倉田さんを突き飛ばし、蔑む様な目をして言ったんだ。
「もういい。お前が帰ってもじいさんは喜ばないしな。その顔を見て、よけい体調が悪くなったら困る」
えっ……どういう事? 倉田さんは会長に嫌われてるの?
でも今は、それを確かめている暇はない。鞄を持って玄関に向かう専務を父親と追いかける。
「貴志君、電車で帰るにしても駅までは車で行かないと……歩いては無理だ。俺が送るよ」
車のキーを持って玄関を飛びたした父親に続き、専務も土砂降りの雨の中、軽トラに向かって駆け出す。私も駅まで送ろうと思ったが、残念ながら軽トラは二人乗り。仕方なく玄関で二人を見送った。