クールな次期社長の甘い密約
「そ、そう……それは残念だったね」
おばあちゃんがそんな事を言うなんて想像もしてなかったから、動揺して声が上ずる。そして何より、おばあちゃんが"エッチ"という言葉を知っていた事が衝撃だった。
平静を装い、すました顔でおばあちゃんの部屋を出たんだけど、暫くの間、"エッチ"という言葉が頭から離れなかった。
――そして、午後七時。
あんなにグッタリしていたのが嘘の様に、すっかり元気になった倉田さんが迷惑を掛けたお詫びだと言ってプロ級の料理を皆に振舞ってくれた。普段は和食中心の食事をしているから三人とも大感激。一気に倉田さんの株が上がる。
倉田さんに何か問題があるんじゃないかと疑っていた父親とも打ち解け、二人で今後の農業について熱く語り合っている。そんな時、私のスマホが鳴った。
「あ、専務からです」
弾かれた様にこちらを向いた倉田さんが私を凝視し、私は複雑な気持ちで電話に出る。すると専務の焦った声が聞こえてきた。
『茉耶ちん、じいさんの容体が急変して……もうダメかもしれない』
「えっ……」
『年も年だし、手術は体力的に無理らしい。今夜が山だって言われたよ』
「そんな……」
私に会えた事をあんなに喜んでくれた会長が生死の境をさ迷っていると思うとショックで体が震え、電話が切れた後も暫く動けなかった。
私の只ならぬ様子に和やかだった居間の雰囲気が一変、ピリピリした空気が漂う。