クールな次期社長の甘い密約

「大沢さん、専務はなんて?」

「会長が……危篤だそうです。今夜が山だって言ってました」


絶句した倉田さんが天を仰ぎ、眉間に深いシワを刻む。が、すぐに私の方に向き直り、とんでもない事を言い出したんだ。


「今から東京に帰ります」


倉田さんの無謀な発言に、居間に居た全員が驚いた。


「バカな事を言うんじゃない。電車は運休してるし、国道も高速も通行止めになってる」

「そうよ。これから台風が最接近するのよ」


でも、倉田さんはどんな事があっても帰ると言い張った。


「考え直して下さい。こんな時に帰るなんてどうかしてます」

「分かってます。分かっていますが……会長の息があるうちに、どうしても帰りたいんです」

「専務にあんな事言われたのに、どうして?」


倉田さんの腕を掴み必死で引き止めるが、彼は私の手を振り払い声を震わせ言ったんだ。


「今帰らないと私は、一生、後悔する」

「あ……」


なぜ彼がそこまでして会長の元に行きたいのか、倉田さんは理由を話してはくれなかったけど、その鬼気迫る表情を見れば分かる。倉田さんにとって会長は、専務と同じくらい大切な人なんだって……


「どうしても帰るんですね?」

「帰ります」

「……分かりました。なら、私も一緒に連れてって下さい」


今度は倉田さんが驚きの表情を見せ、それは出来ないと声を荒げた。


「大沢さんは残って下さい。私一人で帰ります」

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