クールな次期社長の甘い密約
後ろ髪を引かれる思いで引き返す決断をしたが、Uターンする場所まで戻る為にはバックするしかない。前に進むだけでも大変なのに、バックするのは至難の業だ。
私は引き止める倉田さんを振り切り、外に出ると車の後ろに立ってバックの誘導を始めた。滝の様な雨に打たれ、目を開けるのも一苦労。ずぶ濡れになりながら九十九折の坂道を下りて行く。
で、ようやくUターンしてふもとの川まで来たんだけど、今度は濁流が橋を超え、とても渡れる状態ではなかった。
「どうやら、前に進む事も戻る事も出来ない様ですね」
「そうですね。とにかく助けを呼ばなきゃ……」
鞄からスマホを取り出し実家に電話しようしたが、不幸は続くもので――
「あ……ダメです。ここ、圏外……」
万事休す。川の水位が下がるまでここで立ち往生かと項垂れた時、倉田さんが、あの点滅する明かりを指差し「あそこに行って、固定電話を借りるしかありませんね」って言ったんだ。
もう他に方法はない。仕方なくラブホに行ったのだけど、建物の中は想像以上に酷く、玄関の床は雨漏りでビショビショ。風が吹くたび建物が揺れている。
倉田さんがカウンターを覗き込み声を掛けると小柄なおばあさんが出て来た。
「あぁっ! 梅さんじゃない?」
その小柄なおばあさんは、ウチのおばあちゃんの幼馴染みの梅さんだった。梅さんは、ここを経営していた義理の兄が亡くなった半年前から経営を引き継ぎ、オーナーをしているらしい。
「おぉっ! 富(とみ)さんの孫の茉耶ちゃんか? 久しぶりだな~。で、こんな嵐の日に、わざわざエッチしに来たのか?」