クールな次期社長の甘い密約

普段の私なら、意気消沈して引き下がっていたかもしれない。でも、今日はここで諦めるワケにはいかない。オートロックを解除してマンションの中に入ろうとしている木村さんに縋り、必死で食い下がる。


「専務は否定してますが、私は木村さんのお腹の中の子供は専務の子供だと思っています。どちらが真実なのか、私に教えてはもらえないでしょうか?」

「専務が否定してるなら、それでいいじゃない!」

「いえ、専務の子供なら、このままというワケにはいきません。それと、専務が提案した認知の事も聞きたくて……」


投げやりな態度で怒鳴っていた木村さんだったが、私が"認知"というワードを口にしたとたん彼女の顔色が変わった。


「専務が提案した……ですって?」

「え、えぇ、そう聞いてますが……」


動揺した木村さんの視線は宙をさ迷い定まらない。その姿を見て、私は言ってはいけない事を言ってしまったんじゃないかと焦った。でも、暫くすると木村さんの様子が一転、声を上げて笑い出す。


「アハハ……なるほどね。あれは専務が仕組んだ事だったんだ……すっかり騙されたわ」

「あ、あの……」

「いいわ。アナタの知りたい事教えてあげる」


ついさっきまで動揺していたのが嘘の様にサバサバした口調でそう言うと速足で歩き出す。木村さんが向かった先は近くの公園。私達は大きく枝を張ったクスノキの下のベンチに並んで腰を下ろした。


冷たい風が吹き抜けていく誰も居ない公園で、彼女は風に揺れる髪を気にしながら星のない空を見上げ、ため息を漏らす。

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