クールな次期社長の甘い密約
男性に胸を触られた事なんてないから仰天し、雄叫びを上げたのと同時に専務の手を振り払い後方に飛び退く。
その一連の動きは、運動神経も反射神経もゼロの私にしては、有り得ないくらい俊敏な行動だった。が、しかし、やっぱり私はどんくさかった。
悲しいかな、勢いがついた体を支える筋力もなければ、バランス感覚もない。そのまま後ろに倒れ見事に一回転。カエルが潰れた様な格好で廊下に這いつくばる。
ランチ時、社員で賑わう社食の前、突然女子社員が廊下で後方でんぐり返しをしてぶっ倒れたんだから注目されないワケがない。
終わった……真っ白になった頭の中で、そんな声が聞こえた気がした。
すると駆け寄ってきた専務が私を抱き起こし「君は、会うたび俺を楽しませてくれる」そう言ったんだ。そして、今度は小声で囁く。
「ピンクか……悪くない」
「……?」
――全くもって意味不明。
間の抜けた顔でポカンとしていると、あの無表情の倉田さんが感情の全くこもってない声で専務を呼ぶ。
「専務、もうそろそろいいですか? 食事の時間が無くなります」
「分かってるよ。それじゃ大沢君、電話忘れない様に。いいね?」
専務は私を立たせ、爽やかな笑顔を残して去って行った。
やっと専務から解放され安堵で脱力している私の体を、今度は麗美さんが壁に押し付け凄い形相で睨んでくる。
「ちょっとー! 茉耶ちん、今のどーゆー事よ? 専務となんかあるの?」
「あわわ……何もないよ~」
「なワケないでしょ? もう時間がないから詳しい話しは仕事終わってからゆっくり聞かせてもらうからね! 勝手に帰っちゃダメだよ。分かった?」