ドストライクの男
嗚呼、と執事田中は深い溜息を付き、理解した、というように眉を八の字にする。
「さようでございましたね。お嬢様の場合、幸か不幸か三日月様がお側にいらっしゃいますから……簡単に殿方をお認めできませんね」
コポコポとコーヒーが注ぎ足されると、フワッと芳ばしい香りが小鳥の鼻腔を刺激する。
「やっぱり! 今日のコーヒーはいつものと違うようね」
だが、小鳥は執事田中の思惑気な顔より、コーヒーの香りの方が気になるようだ。
「はい? 嗚呼、流石です、お嬢様。お言葉通りでございます。先日2Fにオープンしました『カフェ・オータム』で購入した豆でございます」
フーンと頷き、小鳥はその味を確かめるように、コクリと一口飲む。
「シアトルから日本に初上陸したコーヒー専門店だそうです。そちらのマフィンも、そこで求めたものでございます」
テーブルの上のデザート皿を指差す。
「私は紅茶の方が好きだけど、美味しわね。で、これはオレンジマフィンかしら?」
小鳥はそれを手に取ると、香を嗅ぎ一口ちぎり口に入れる。
「しっとりとしていてジューシー。それに、オレンジの香りが口いっぱいに広がり、後を引く美味しさだわ」
「さようですね」と執事田中もモグモグ口を動かし同意する。
「ちょうどいいわ。明日、余裕があるから偵察してくるわ」
こんな風に新規店を把握するのも小鳥の仕事だ。
「店長でバリスタの文月秋人様でございますが、届いた資料によりますと、コーヒー生豆輸入専門商社オータムコーポレーションの現社長、文月萩人様の御子息のようです」
執事田中が『マル秘』と書かれた封筒を小鳥に渡す。
『カフェ・オータム』の件を話せば、小鳥は動き出す。執事田中は、当然、それを予測していた。
本当に卒がない。
小鳥は心の中でニヤリと笑みを浮かべる。
だから彼を手放せない。
小鳥は執事田中に絶大なる信用を寄せていた。
それは三日月とて同じこと。
だから、執事田中を小鳥のお目付け役にしたのだ。
これもまた、小鳥のあずかり知らぬこと。
小鳥はA四版の封筒を見つめ、世界中から集まっていたル・レッドの王侯貴族や富裕層の子弟を思い浮かべる。
彼等は当然のように、人の上に立つ人間たちだった。
故に、身分をひけらかすことのない、人間は皆平等と思うことのできる崇高な人たちだった。
まっ、ごく稀に不埒者もいたが、そんなのは極少人数だ。
そして、そういった人間ほど、没落したり、破滅したりした。
どちらかと言えば、差別や侮蔑する眼は、お掃除お姉さんとして働き始めてからの方が多い。
文月秋人……彼はどちら側の人間だろう。
私にどのような態度を取るだろう。小鳥の眼が楽し気に煌く。