ドストライクの男
「おはようございます」
B.C. square TOKYO8F、ここに小鳥の所属するビルメンテナンス部がある。
「小鳥ちゃん、おはよう」
「おはようございます。べリ子さん?」
だが、そこにあるべき筈のない声が聞こえた。
同じB.C. Building Inc.で働いているが、ベリ子の所属する総務部は10Fだ。
何故ここにいるのだろう?
小鳥が思っていると、背後から貫禄たっぷりの声が豪快に言う。
「花子さん、朝から悪かったわね。はい、これ抜けていた一枚」
ああ、なるほど、と小鳥は理解する。
「渡瀬課長、何度も言いますが花子は止めて下さい。ベリ子でお願いします」
書類を受け取りながらベリ子は渡瀬をギロリと睨む。
彼女は『花子』と呼ばれるのが大嫌いだ。イメージ違いなのだそうだ。
なので、ベリーと花子をくっ付けたベリ子を推奨し名乗っている。
しかし、小鳥は常々思っていた。ベリ子の方が変、花子の方が可愛いのにと。
そして、そう思っているのは自分だけだろうかと。
「あらっ、花子って可愛いのに」
だからその言葉に、小鳥は思わず渡瀬と握手しそうになった。
渡瀬勝子課長は御年五十六歳、執事田中と同年代だ。
ビルメンテナンス部の生き字引で、二十歳の孫娘を筆頭に、五人の孫を持つ、内外共に肝っ玉母さんと呼ぶに相応しい、実に頼もしい女性だ。
「とにかくベリ子でお願いします。あっ、小鳥ちゃん、ランチ一緒にしない? 2Fにできた『カフェ・オータム』で」
あらっ、と渡瀬課長がニヤリと笑う。
「貴女、もう目を付けたの! あのバリスタ君」
「課長、当たり前です。私のイケメンレーダーを侮ってもらっては困ります」
グッとDサイズの胸を張り、「じゃあ、迎えに来るから」とベリ子は小鳥の返事も聞かず部を後にする。
その背を見送りながら、渡瀬課長が豪快に笑う。
「本当に逞しい子ね。小鳥ちゃん、貴女も見習って早くイイ男をゲットしなくちゃ」
そして、「今のはセクハラ発言には当たらないわよね」とペロッと舌を出す。
計算無い行動は素直に可愛い。
多くの女性が、テヘペロを可愛い仕草だと思っている。だが、それは間違いだ、と小鳥は思っている。
不純が混じる行動に化かされるのは、馬鹿な男たちだけだ。
そして、最終的に馬鹿をみるのは、その行動をする女たちだ。
小鳥は過去見た事実の統計から、そんな結果を導き出し結論付けていた。
「渡瀬課長は、とても素敵な旦那様をゲットされていますね」
小鳥の言葉に、「何を言っているの!」と真っ赤になる渡瀬課長は、本当に可愛く幸せそうに見えた。結論は間違っていない、と小鳥は満足気に仕事に戻る。