ドストライクの男

「小鳥様どうなさったのですか、そのお顔! いつも以上の『仮面』面ですね」
「田中さんの言わんとすることは分かります」

益々無表情になる小鳥だが、心配気な執事田中に「気にしないで」と言葉をかける余裕はあった。

今日もスケジュールはビッチリ詰まっている。
明日のことを心配するより、今日の仕事だ!

「では、本日もよろしくお願いします」

切り替えの早い小鳥は、執事田中と打ち合わせを済ませ、今日の仕事に取り掛かる。

2F東トイレの掃除を終え、西トイレに向かおうとした時、「小鳥ちゃん」と背後から呼ぶ声が聞こえた。

振り向くと右手を軽く上げ、「ハーイ」とニコニコ顔の秋人が近付いて来た。

「小鳥ちゃん、近頃お店にちっとも来てくれないんだね」

偵察は済みましたから、とは言えない小鳥は「ハァ」と曖昧に答え、「仕事中ですので」とお辞儀をして一歩踏み出す。

「待って。明日、お休みだろ。俺も。だから……」
「すいません。明日のスケジュールは決まっております」

秋人には婚約者がいる。報告書の備考欄には『※フィアンセ東大寺胡桃嬢との結婚は彼女の二十歳の誕生日に』と書いてあった。

執事田中曰く、胡桃嬢との仲が悪いわけでもないらしい。
性格も『真面目』と書いてあった。彼は演じている。
何を考えているのだろう?

「エーッ! その予定キャンセルして! 俺とデートしよう」

秋人がグッと近付く。

「文月さん、パーソナルスペースを守って下さい」

小鳥は二歩後退する。

「俺のこと……そんなに不快?」

薄笑いを浮かべ、秋人が三歩前進する。

「そこまでだ!」

ドスの利いた声と共に、小鳥と秋人の間に腕が伸び、小鳥はアッという間にフルーティーグリーンの香りに包まれる。

「言っただろ、こいつは俺のだって」

この人は本当に二重人格だ。小鳥は『俺様』光一郎を見つめる。
そして、そんな光一郎の胸に抱かれても、パーソナルスペースが全く気にならない自分がいることに気付く。

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