【完】『浅草心中』
☆
日本堤で猪牙舟を降り、衣紋坂を下って新吉原の遊廓の大門へ藤枝外記がたどり着く頃、江戸の空はすっかり暮れ泥んでいる。
外記(げき)は編笠の緒をほどいた。
大門をくぐると迷うことなく馴れた足で、引手茶屋へ向かう。
ほどなく。
引手茶屋の若衆に先導され、京町の大菱屋久右衛門の暖簾をくぐった。
「これは殿様、いらっしゃいまし」
不在であったらしい久右衛門に代わり、手代の吉三郎が出迎えた。
刀を鞘ぐるみ預けると、
「殿様、こちらでございます」
と二階へ上がってゆく。
二階の座敷には既に薄縁と座布団が敷かれ、座ると脇息を引き寄せてから、
「まもなく綾衣が参りますゆえ、しばしお待ちを」
と吉三郎が障子を閉めた。
が。
外記は手持ち無沙汰であったのか、格子窓の障子を開け放った。
すると。
賑やかな声と共に三味線や太鼓が聞こえてくる。
すぐに階段を上がる音がして、
「殿様、ようおいでくださいました」
と綾衣が手をついて挨拶の口上を述べた。
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